Day3

 僕は葬儀のときの美香の声を反芻はんすうする。


〈私、これから灰になるの?〉


 違うよ。僕は彼女になんて声をかけてやればよかったのだろう?


 彼女を美しくしなければならない。僕はリンドウを彼女に捧げるんだ。彼女と僕を繋ぐものは、それしかない。仏壇に線香はない。だって、リンドウの周りで火を扱うのはかわいそうだ。美香にはリンドウが供養になる。馬鹿な考えをしたらいけないな。供養ではない。これは再生だ。美香はリンドウと共に永遠の存在なのだから。仏壇のリンドウに水をやる。

 ベランダの物干し竿は粗大ごみで出した。代わりにリンドウのプランターを台に並べる。三度の飯よりリンドウ。朝食も昼食も忘れて水やりをする。ああ、もっと美香に近づきたい。本棚も食器棚も、箪笥も邪魔だ。リンドウを敷き詰めないと。部屋の中にも植木鉢とプランターを置いていく。白、紫、青。


 僕にはどれが誰なのか見分けがつく。名前をつけよう。白い蕾のまま先端だけ紫がかった深い青色をしているのがリカ。真っ白な蕾がナナ。紫色なのがマナ。深い紫の花を開花したのがヒナ。黄色いめしべが大きくて凛々しいのがハナ。青い大きな五つの花びらがミチ。


 どのリンドウも素晴らしい。美香にそっくりだ。美香の蒼い瞳は空の色。海の色。リンドウの色。僕はそれに近い色を探している。僕は青いシャツに青いズボンを着る。青いコップ、青い食器にすべて買い替える。そうだ! 壁紙もリンドウの色にしよう! ペンキを買ってこなければ! 


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