第35話 今度こそデート!

「またしても早く着いてしまった……」


 待ち合わせ場所は前回と同じ、池袋サンシャインのスタバのある入り口。

 約束の時間まであと一時間もある。


 もっとゆっくりしても良かったのだが、どうしてもじっとしていらなかった。

 時計の進みが普段の何十倍も遅く感じられて、たまらずに家を飛び出してしまったのだった。


 だって透花からデートに誘われたんだぞ! 

 皆とショッピングをデートだと言い張っていた前回とは違う。これは正真正銘、本物のデートなんだよォォォ!

 こんな日が来るなんて、透花に振られたあの日からは想像もつかなかった。 


「くそ、昨日の夜は緊張して全然眠れなかった。目の下にクマなんて出来てないだろうな?」


 ショルダーバッグからコンパクトを取り出し目元を確認する。ついでに前髪も直す。

 今日の服装は、白いオフショルダーのブラウスに、デニムのショートパンツ、それと白のスニーカー。

 白姫が教えてくれた透花の好みを踏まえたコーデだ。


 前回、白姫から『透花の好みは全裸にリボン』という役に立たない情報を伝えられ困惑したが、今回はしっかりとまともな情報を聞き出しておいた。


『パンツよりスカートの方が、透花的にはセクハラがしやすくて良いのではないか?』


 と確認してみたが、白姫によると『露出は多いのに大事な部分はガードが堅い方が透花さん的にはそそる』との事だった。


 今になって考えると『セクハラしやすいように』って、何ともアホな質問である。

 俺も相当透花に毒されているな。


「それにしても、さすがに早く来すぎたか。まだ待ち合わせまで結構あるな」


 と、時計を確認したその時、


「だーれだ?」

「うひゃいっ!」


 背後から突然揉まれる胸。

 ぞくりとした感覚に、また変な声を出してしまう。

 真昼間から何て破廉恥な!!!

 こんなことをするのはもちろん一人しかいない。


「だから、どうして目じゃなくて胸を隠すんだよ。『だーれだ?』も何も、全部丸見えだからね、透花?」


 人目もはばからず、毎度お約束のセクハラで登場する透花を、呆れ声で注意する。

 つーか全然気配が読めなかった。何でセクハラする時の透花は、一流の暗殺者並に気配を消すことができるのだろうか?


「百合家では代々こうするのが慣例しきたりなのよ」

「嘘つけ!」

「わたしの父も、母とのデートの時は毎回欠かさずやっていたらしいわ!」

「だから嘘つけ! もし事実だったら、百合グループ総勢十五万の社員が泣くぞ!」

 

 だが、俺に注意されてもどこ吹く風の透花。

 俺の服装を確認すると心底嬉しそうに、可愛いを連発して褒めちぎってくれる。

 やばい嬉しい。

 服装を褒められて心がキュンとなってしまっている。

 俺はもう、男として駄目かもしれない。


 全力全身で俺を褒めちぎる透花。

 その身を包むのは、すみれ色のワンピース(スカートのスリット部分がレースになっていて可愛い)に、同系色のベレー帽。

 そしてベージュのサンダル。


 はい大正解。

 可愛い。マジ天使。

 俺なんかの七億倍かわいい!

 一生幸せにしますと、脊髄反射で言ってしまいそうな可憐さだ。


「どうしたの、ティアちゃん? わたしの顔をじっと見て……」

「いや、あの……いつ見ても透花は可愛いなと思って……」

 

 俺の言葉に目を丸くし、真っ赤になって俯いてしまう透花。

 そんな透花の反応を見て、なんて歯の浮く台詞を言ったのだろうと、俺も顔が熱くなる。


「もう、どこでそんなの覚えてきたのかな? わたしよりティアちゃんの方がずっと可愛いよ。特に、ちょっとおっぱい揉んだだけで可愛い声出しちゃうところとか……もうね……千円でいい?」

「具体的な金額は止めて! 本当にお財布出さないで!」


 胸揉ませて金を取るって、別の意味で一線越えちゃってるからね!


「……でも、透花が元気そうで良かった」


 俺は透花のいつも通りのセクハラに少し安心する。


「清明先輩のこと、透花が気にしてるんじゃないかと思ってさ……」 


 俺の言葉を聞いた透花は、一瞬目を見開いた後、優しい笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。


「わたしよりティアちゃんの方こそ……ごめんね、兄さんが酷いこと。兄さん、総くんのこと凄く気に入ってたから。私が総くんを振ったことが相当ショックだったみたいで」

「そっか……いや、全然気にしてないから大丈夫だよ」


 清明先輩がショックを受けていた――か。

 それは確かにそうなのかもしれない。

 清明先輩は誰よりも、俺と透花のことを応援してくれていたから。


 どれだけ努力しようと、成果を上げようと、家柄とか、片親だからとか、そんな事ばかりを責め立てて、俺を認めようとしなかった百合家の大人達。

 そんな中で、唯一、俺を認めてくれたのが清明先輩だった。

 当時中学生だった清明先輩は何も言わなかったが、ある一時期から百合家の俺に対する態度が軟化していったのは、間違いなく先輩が百合家に働きかけてくれたお陰だった。

 そして、それはきっと並大抵の苦労ではなかったはずなのだ。


 それを考えると、総一郎と透花の関係が破綻してしまった今の状況が、清明先輩にとって喜ばしくないのは当然のことだろう。


「清明先輩がショックを受けるのも分かるよ。総一郎から先輩のことは色々聞いてたから。だから、先輩が私にキツイ態度を取るのも仕方ないことだとは思うよ」

「そっか、ありがとね。ティアちゃんがそう言ってくれると助かるよ。でも、あれからちゃんと話して、兄さんも分かってくれたから。もう大丈夫だから、安心して」


 そう言って微笑む透花。

 その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす。

 透花がそう言うのならきっと大丈夫なのだろう。

 もしかすると、今日のデートは透花なりのお詫びのつもりだったのかも知れない。

 清明先輩のことで逆に気を使わせてしまったらしい。


「はい、じゃあ暗い話はこれでおしまい。そんなことよりティアちゃん、今日のデートは、ふたりで目いっぱい楽しもうね!」


 宣言するなり透花は俺の手を引いて階段をタッタッタと下りていく。

 そのリズムが妙に心地良くて、危ないと注意するのも忘れて見惚れてしまう。


「今日のデートプランは、わたしに任せてね。ティアちゃんを完璧にエスコートしてあげちゃうんだぞ!」


 自信満々の透花。

 どうやら大人しく透花に振り回されるのが、今日の俺の役割らしい。


「うん、楽しみにしてる」

「まっかせなさい!」

「透花、鼻息荒い」

「ちょ、何でそういうこと言うの!? もー、ティアちゃんのいじわるー」


 なんて口を尖らせる透花。

 その仕草が可愛くて俺が笑い出すと、つられて透花も一緒に笑う。


「じゃ早速。少し早いけど、まずはお昼にしようか? 実はお店も予約してあるんだぞ」


 そう言うと、待ちきれないといった様子で、俺の手を引いて人混みをずんずんと進んで行く透花。

 どうやらそのランチとやらが余程楽しみらしい。

 そうして辿り着いたのは――


「……池袋にもメイド喫茶ってあったんだね……」


 ――目がチカチカする程のパステルカラーに彩られたメイド喫茶だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る