第28話 変態でも上履きで出汁は取らないらしい

 昼食を食べ終え、揃ってご馳走様と手を合わせる俺たち。すると、


「ところでティアは、どうして今日はスリッパなんだ?」


 ちゅう子がそんなことを聞いてきた。


「ああ、これ? 実は登校したら上履きが無くってさ……」

「えっ!? それって一大事じゃないですか! まさか誰かの嫌がらせとか……どうしてそんな落ち着いていられるんですか?」


 慌てる白姫に、俺は弁当箱を仕舞いながらあっさりと言う。


「いやいや、ないない。嫌がらせとかじゃないって」

「でも……」

「だって無くなったのは私の上履きだよ。そんなの透花が犯人に決まってるじゃん?」


「──ああ、それもそうですね」

「透花じゃ仕方ないな!」


 ポンと手を叩いて納得する白姫とちゅう子。

 ほれ、みんな納得。証明終了。


「って、わたしじゃないよ!?」


 唐突に容疑者にされた透花が慌てて立ち上がる。


「はいはい、分かってますって。信じてますからね。一通り匂い嗅いだり、出汁だしを取ったりしたら、ちゃんとティアさんに返すんですよ」

「全然信じてないしッ! 本当にわたしじゃないのに! いくら私が変態でも、さすがに上履きで出汁は取らないよっ!」


 色々とツッコミ所が満載だが、とりあえず、透花に変態の自覚があるらしいことは今判明した。


「それに第一、もしもわたしが犯人だったら、代わりに最高級上履きを入れておくよ! そして本物は絶対返さない!」


 そんなん強く断言されても困るんだけど……。


「言われてみると、確かにそうですね。でも、透花さんが犯人じゃないとすると……まさか、本当に誰かの嫌がらせ……?」


 事件の匂いに白姫がわくわく――してないな。本当に俺のことを心配してくれてるみたいだ。

 人騒がせな面もあるが、何だかんだで優しいやつなんだよな。


「うーむ、嫌がらせか……言われてみれば、確かに今日は変なことが多かったかも? 空から水が降ってきたり、ゴミ箱が降ってきたり?」

「言われてみればって、そんなの絶対にわざとに決まってるじゃないですか!」

「え、あれって偶然じゃなかったの?」


 水は全部避けきったし、ゴミ箱は中身を一切溢さないでキャッチしたし……いい訓練になったな、くらいにしか考えてなかったわ。


「全く飽きれてしまいますね。ティアさんは他人の悪意に鈍感過ぎですよ」


 あれ、白姫ちょっと怒ってる? 俺のために?


「えっと、心配させてごめん。気を付けるよ」


 悪意に限らず、昔から人の気持ちが分かってないと言われることが多かった。

 透花の本当にも気付けなかったしな。

 女としてやり直していくなら、これからはもっと気を付けないとだよな。


「なぁなぁ」


 ちょんちょんと、ちゅう子が俺の肩をつつく。


「あれ……止めなくていいのか?」


 ん? あれって何のことだ? 

 ちゅう子が指さす方向を見てみると、


「――もしもし園田? 透花ですけど。ちょっとお父様の私設部隊を動かして欲しいのですが。……そう、犬と雉は動けるのね? ええ、犯人の調査から始末までお願い――」


 教室の片隅、透花がスマホ片手に何やら凄まじく黒い命令を下しているところだった。


「やめーーーーいっ! 何やってんの? 何を依頼しようとしてたの? それ絶対駄目なやつだよね? 私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、そこまで求めていないから!」


 つーか園田さんって、あの優しそうな年配の執事さんだよね? あの人そんな裏の仕事までしてんの!? 

 ……いや、深く考えるのは止めよう。

 世の中知らない方が良いこともあるに違いない。


「とにかく電話は一旦切ってくれ。私は大丈夫だから……ね」

「でも、このまま放置して事態が悪化したりしたら……」


 スマホを握りしめ、肩を震わす透花。

 そんなに俺のことを心配してくれるなんて。


「透花……」

「わたしのティアちゃんが、いじめっ子にトイレに連れ込まれて、無理やり××にされて、そこへやって来た不良の先輩が嫌がるティアちゃんを押さえつけて、あられもない○○○に、あんなことやこんなことをしたりしたら……わたしが見れないじゃないッ!」


「……ごめん透花、ちょっと落ち着こうか? 文章が破綻してて何言ってるか分からない」 


 止めさせたいのか、見たいのか、どっちなんだ?


「さすが透花さん。欲望丸出しの絶大な妄想力ですね」

「白姫さん、透花を変に褒めないで。また調子に乗っちゃうからね」


 とはいえ、透花の心配は大袈裟にしても、確かに少し気になるんだよな。


 ティベリアになってから妙な事件が多すぎる気がする。

 体力測定のときの謎の光に、池袋で絡んできたチンピラ二人組。そして今回のいじめ疑惑。

 それぞれは何の関連性も無いように思えるが、短期間の内にこうも続くと、偶然で片付けるのも乱暴な気がしてくる。


 ──陰謀めいた何かが水面下で動き出している。

 

 なんてトンデモ話を語るつもりは無いが、警戒しておくに越したことはないだろう。


「――って、どうしたんだよ皆。そんな顔して……」


 ふと視線を上げると、透花も白姫も、ちゅう子までもが俺を見つめていた。

 どうやら俺が不安がっているのではと心配してくれているらしい。


 ったく、この俺がこんな程度の嫌がらせで凹むとでも思ってるのかね……って、思ってるのか。

 俺ってば、今はか弱い金髪ロリっ子留学生なんだもんな。

 なんだか新鮮な感覚だ。総一郎の頃は、誰かに心配されることなんて一切無かったから。


 ――完璧であろうとした。

 ――誰よりも強くあろうとした。

 ――人に弱みを見せないように生きてきた。


 でもこうやって誰かに心配されるってのも、存外悪くないものかもしれない。

 ……けど、それはそれ。好きな女の子にこんな顔させるのは、俺の主義に反するってもんだ。


「馬鹿だな、そんな顔するなよ」


 俺は三人に向けて、誇張でも強がりでもない余裕の笑みを浮かべる。


「とりあえずイジメのことなら問題ないよ。早ければ今日中には解決できると思う」

「今日中って、そんな簡単に…………やっぱり暗殺?」

「違うから!」


 やっぱりって何? 透花さっき園田さんに暗殺お願いしようとしてたの!?


「いいか? 犯人は私を酷い目に遭わせたい。でも現状、私はピンピンしてる。上履きなくても気にしてないし、降ってきた水もゴミ箱も一切効果なし」


 被害なんてあって無いようなものなわけだ。


「――それを踏まえて、じゃあ次に犯人はどう出ると思う?」

「……そっか、相手はまだ何も目的を達成してないんだね。ということは……」


 さすが透花、理解が早い。


「そう、相手は必ずまた仕掛けてくる。そこを逆に迎え撃つってことよ」

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