後悔先に立たず

モンタロー

7

なんだろう、この物足りない感じ。

今日は三ヶ月記念日。剛史さんが予約した高級ホテルの星付きのレストランでコース料理に舌鼓を打ち、サプライズで桜の花の形があしらわれたネックレスを貰い、今はこうして二人肩を並べてベンチに腰掛け、左手にはワイングラス、右手は剛史さんの手が重なっている。周りが明るいせいでだいぶ弱く感じる月明かりの下で、この東京の夜景をぼうっと眺めている。

誰もが夢見る最高のデートのはずなのに。なぜか心が冷え切っているのは、十二月の冷たく乾いた空気のせいではないことだけはなんとなくわかる。

「やっぱり私、帰る。剛史さんも明日仕事でしょ?」

「わかった。……え?」

剛史さんは大層驚いた顔でこちらを見る。

私が突拍子もなくこんなこと言い出したから驚かせてしまった。でもやっぱり、この原因不明のもやもやを整理したかった。今日は一人になりたい。

「俺はここからそのまま仕事行くつもりで準備してきてるから大丈夫だよ。どうしたの?疲れてるならもう部屋行こっか?」

「ううん、でも今日は帰りたい」

「そっか。わかったもういいや。じゃあ、おやすみ」

あ、引き留めてもくれないんだ。

私は立ち上がって、横に置いていた小さめのボストンバッグを手に取り「じゃあ」と言って屋内のエレベーターに向かった。

フロントの前を通り抜けて出口へ向かう。

自動ドアが私を認識すると、冷たい風とここに着いた時にはまだ点灯していなかった街路樹のイルミネーションの光景が私に飛び込んできた。

「私、どうしたいんだろ」

温かみのある光の森の下を歩きながら考える。

剛史さんも最後あんな感じだった。

間違いなく私が彼の敷いた綿密なデートスケジュールから外れたからなのはわかる。

でも怒るわけでも引き留めるわけでもなく、どこか諦めたふうだった。

それは彼が歳上の社会人だから?

「私のこと言うこと聞く都合のいいと思ってたのかな」

自分でそう口に出して、 耳からその言葉が戻ってきた。

「あれ、私は剛史さんのことどう思ってる?」

「人のこと条件でしか見てないのはお互い様ってことか」

デートのたんびに全額出してくれて、スーツの似合う六個歳上の社会人で、背も高くて。

失恋した私に優しくしてくれた大人な彼にホイホイついて行って、私のために尽くしてくれてるのにありがとうのひとつも言えずに。

もしかして私優くんにも同じことしちゃってたのかな。そりゃ振られるわけだよ。

あの頃はさっきみたいな高いご飯じゃなくってマックやサイゼだったじゃん。テーマパークの土日料金は高いからって大学の全休の曜日合わせて平日に遊びに行ってたじゃん。おうちで一緒にゲームしてるだけで楽しかったじゃん。

あれ、おかしいな、イルミネーションの光がぼやけて見えないや。

いたたまれなくなって、握り拳で両目を擦りながら駅までの道を駆け出した。

どんっ

だいぶ走って瞼も乾いてきた頃だった。

「いてて、ご、ごめんなさい」

盛大にぶつかって盛大に転けた。

「大丈夫ですか?」

頭の上から聞こえたその声は私をあの時へ引き戻した。

顔を上げるとそこにあったのは懐かしい顔で、隣にいる女性も心配そうにこちらを見ていた。

「「あっ」」

「優……樹くん?」

「……櫻子」

「あれ、お知り合いだったの」

隣の女性がそう言うと優くんは

「同じ学部の人」

とだけ言って転けた私が立ち上がるのに手を貸してくれた。

「あ、ありがとう」

「じゃあ、お気をつけて」

そう言って彼らはまた歩き出した。

その場に一人残されて立ち竦んでいたところに通知音。

メッセージは剛史さんからで、そこにあったさよならの文字を見てもあまり悲しくなかった。

「さっきの女の人、彼女かな」

誰だろうと関係ないのにね。

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後悔先に立たず モンタロー @montarou7

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