第13話 私、あの先輩の裏の顔、知ってるの

 崎上隼人さきがみ/はやとは昨日、幼馴染と一緒にお風呂に入った。


 真っ暗なほどに電気を消し、程よい温かい空間で二人っきり。そこで過ごしたのだ。


 翌日になった今、その背徳感に押し潰されそうではある。




 数分前に幼馴染とは別々に自宅を後にし、校舎内の教室に到着していた。


 普段と同じ景色がそこには広がっているが、どこか、心が捕まれるように息苦しい。


 好意を抱いていた幼馴染と一緒にお風呂に入ったことが、すべての気まずさの正体なのだろう。


 今日は、朝から幼馴染とは会話していない。


 遊子菜乃葉ゆず/なのはの方も、あまり昨日のことを話題にしたくないのだろう。


 隼人は、そんな幼馴染の心境を察し、余計に話しかけることはしなかった。


 それにしても、これからどうすればいいんだろ。


 いつまでも、幼馴染と、会話しないで生活しないというのも、苦しさが倍加するだけである。


 様子を見て、話しかけるのもありだと思う。


 隼人は教室の席に座ったまま、幼馴染の方を見る。


 すると、彼女は隼人の視線に気づいたようで、スマホを手に視線を逸らすのだった。


 彼女からの反応は乏しいものである。


 昨日、真っ暗な環境でお風呂に入ったのだが、男女を意識してしまう状態だったのは、言うまでもない。


 もし話しかけるとして、どんな話題から投げかければいいだろうか?


 隼人がそうこう悩んでいる際、朝のHR開始時とは違うチャイムが、校舎内に響く。

 教室に設置されたスピーカーからは、生徒会長の声が聞こえる。


≪二年の崎上隼人。至急、生徒会室に来るように。繰り返します、大至――≫


 突然と言わんばかりに、須々木真理すすき/まりから呼び出されたのだ。


 しかも、生徒会室。


「おい、呼び出されてるんじゃん。お前、何か悪いことしたのかよ」


 クラスの陽キャ寄りの男子が、ふざけた感じに言う。


 隼人とはそこまで仲のよくない人である。


 関係性が悪いとか、嫌いとか、そういうわけではなく、イメージ的に印象が違うのだ。


 グループが違うというべきか。

 結論、親しくないのである。


 ゆえに、馴れ馴れしく言われるのは、あまり好きではなかった。


 逆に、変に疲れるのだ。


 隼人は自身の席から立ち上がると、気まずげに教室を後にする。


 教室から立ち去った直後、先ほどの陽キャから、“あいつノリが悪いよな”とか、そういう、心に突き刺さるような声が聞こえてきたのである。


 隼人はそれ以上、彼らの発言を聞きたくなかった。だから、廊下を走り始めたのだ。






「ようやく来たわね」

「はい、今日は何をすればいいんですかね?」

「まあ、今はそこまで時間がないし、簡単なことよ」


 校舎の三階。


 二人は向き合うように佇んでいる。


 生徒会室の壁に取り付けられた時計の針は、あと一〇分程度で、朝のHRの開始を指す頃合い。


 多分、面倒なことを押し付けてくることはないだろう。


 それに、室内を見渡せば、他の役員の姿が見当たらなかった。


 まさか、この状況……前回と同じく⁉


 隼人は、先輩の胸元を見、その不埒な願望を心に抱いてしまう。


 隼人の瞳には、生徒会長の爆乳が映る。


 制服を中から押し上げるほどの大きさ。


 まだ、直接触ったことはない。


 朝っぱらからエロい妄想を膨らませてしまうのだ。




 違う……そうじゃなくて……。


 隼人は疚しい妄想を解消しようと必死だった。


 隼人にはもう心に決めた人がいる。


 それは幼馴染だ。


 そもそも、先輩とは、主人としもべのような上下関係がある。


 まさか、先輩のような高貴な人が、隼人みたいなパッとしない奴を好きになるわけなんてない。


 隼人はそんなことを思う。




「どうした? 顔色悪いようだけど? 昨日はちゃんと休んだのか?」

「……は、はい」

「……なんか、調子が悪そうだな?」


 生徒会長は、隼人の方に近づいてくる。


 そして、その豊満な胸が、隼人の胸元に強く推し当たるのだ。


 これはヤバいって……。


 隼人は緊張のあまり、動揺し、動けなくなっていた。


 目を白黒させながら、現状を把握するだけでも手一杯だったのだ。


「……そこまで熱はなさそうだな」


 須々木先輩は右手で、隼人の額を触っていた。


 先輩の香水の匂いと、押し当てられているおっぱい。


 その上、先輩の程よい手の肌との接触が行われているのだ。


 余計に気恥ずかしくなる。


 内面から湧き上がってくる緊張感が、昨日の出来事に拍車がかかるようだった。


 先輩には内緒で、幼馴染と一緒にお風呂に入ったこと。


 こんなにも凛々しい先輩から、優しく話しかけられているのだ。


 普段は厳しいのに、いざとなると頼りになる。


 少しだけ、先輩のことを意識してしまっていたのだ。


 先輩から感じる肌の温かさが、次第にからだ全体に伝っていくようだった。




「なんか、また、顔が真っ赤になってるよ? やっぱり、熱ある?」

「い、いいえ、たぶん、違うと思います」

「そうか? でも、あまり無理はよくないな。今日はちょっとだけ、生徒会室内を掃除してもらおうと思ったんだが、やめておくよ」

「すいません」

「いいよ。隼人は、HRが始まる前まで、そこのソファで休んでいるといいよ」


 と、須々木先輩は言い、室内にある生徒会長席へと向かっていく。


 先輩は個人用の比較大きな机前の席に座るなり、その机の引き出しを引き、資料用のようなもの取り出していた。


 生徒会長は本当に真面目である。


 先輩は横暴なところがあるが、それも多分、他人のことを思っての言動かもしれない。


 隼人は、体に軽い温かさを感じつつ、ソファに腰かけるのだった。






「というか、今日は結構疲れたな……」


 隼人は、けだるげな態度で廊下を歩く。


 先ほど、先輩に気を使われながら、生徒会室を後にしたのだ。


 少しだけ、体にダルさを感じていた。

 しかし、午前中にはよくなっているだろう。


 そんなことを思い、二階に繋がっている階段を下ろうとする。


 刹那、誰かの視線を感じる。

 ふと、背後を振り返ると、一人の女の子が佇んでいた。


 誰なんだろうと思う。




「君って、生徒会長と仲がいいの?」


 比較的、落ち着いた声で問いかけてくる。


 隼人は一旦立ち止まり、体の正面を彼女の方へ向けた。


「あなたは?」

「私は、あの人とちょっとした知り合い? まあ、同じクラスメイトみたいな感じ」


 クラスメイト?


 であれば、三年生ということになる。


「なんの用でしょうか?」

「簡単に言うとね、私、生徒会長のことについて知ってるの」

「知ってるとは?」

「生徒会長の裏の顔よ」

「裏……ですか?」

「ええ」


 その女性の先輩が一瞬、口角を上げたような気がした。


「私ね、あの人のことが好きではないの。だから、ちょっと協力してほしいっていうかさ」

「協力……?」

「そうよ。でも、強制はしないわ。でも、興味があるなら、ここに来てね」


 と、その先輩は、隼人の手を両手で包み込む。

 隼人の手には、紙のような感触が当たる。


 その謎めいた女の先輩は隼人から手を離すと、その場から立ち去って行った。


 隼人は手にあった紙を広げてみる。


 そこには待ち合わせ場所が記されていたのだった。

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