第6話 俺は、先輩のことを知らないだけなのか?

「ねえ、昨日のはなんだったのかしら?」

「それは、色々なことがあって」

「へえ、私に意見する気なのね」

「すいません……」


 崎上隼人さきがみ/はやとはその場で土下座することになった。


 下手に言い訳をしても、面倒になるだけである。


 それに、今は朝であり、一日の始まりを苦しみからスタートしたくなかったのだ。


 普段、朝は一人で過ごすことが多い。

 けど、今日は違う。


 自宅リビング。

 二人の女の子と共に朝を迎えることになったのだが、最初から修羅場みたいな環境に追いやられていた。


 本来であれば、幼馴染とイチャイチャしながらの朝食。それからの学校への登校が待っているはずだった。




「ねえ、君は私のパシリなのよね?」

「……はい」

「ちょっと返答が遅かったわよ?」

「すいません……それと、パシリと言って、俺は何をすればいいのでしょうか?」

「それについては、学校に行ってから教えるわ」

「あとでってことですか?」

「ええ」


 須々木真理すすき/まり先輩はクールな佇まいであるが、どこか余裕のある笑みを見せ、今を楽しんでいるようだった。


 土下座をしていた隼人は、リビングの床から立ち上がる。




「生徒会長? 今は普通に食事をとりませんか?」


 長テーブル前の椅子に座っている遊子菜乃葉ゆず/なのはが、提案するように言う。


「あなたは、私がいる近くで隼人と浮気したのよ」

「浮気? 別に、生徒会長は、隼人と付き合ってるわけではないですよね?」

「……んッ」


 須々木先輩は動揺している。

 少々、反応が鈍くなった。


「でも、パシリってことは付き合っているようなもの。だから、浮気なのよ」

「それ、とってつけたようなセリフな気が……」

「何です?」

「なんでもないですけど」


 二人の女の子の間で、火花が散っている。


 本当に、勘弁してほしい。


 朝から胃が痛くなる。


「隼人はどうなの? 私と付き合ってるわよね? ね?」

「え、は、はい……」


 隼人は、胸の内がズキッと痛む。


 幼馴染から向けられている視線を感じ、隼人はさらに縮こまるのだった。






「ね、隼人。これをやって頂戴?」

「これですか?」

「ええ。簡単な作業だから、君でもできると思うわ」

「……」


 須々木先輩から渡されたもの、それは、大量の資料の束だった。


「これをどこに?」

「職員室にいる、教頭先生に渡してくればいいわ」

「でも、これくらい、先輩でもできそうな気がするんですが?」

「そんなことはないわ。私は忙しいの。だから、君に頼んでいるのよ」

「……わかりました」


 今、隼人は学校にいる。

 そして、生徒会室で、先輩とやり取りを交わしていた。


 室内には、他の生徒会役員も数人ほどいる。

 七時を過ぎた頃合いなのに、結構忙しなく活動しているようだった。


「見てわかるでしょ? 生徒会はね、やることが多いの。朝の挨拶運動に、生徒指導、それから、変なことをしている人がいないか確認したり、部費の件――」

「わ、わかりました。では、今から行ってきます」


 隼人は頭を下げ、家来のように忠実に従うことにした。


 これ以上、やり取りを続けても、無駄に時間を消費するだけだと察したからだ。






「というか、本当に大変なんだな」


 と、隼人は生徒会室を後に溜息を吐きながら、大量の資料の束を両手で抱えながら歩いていた。


 生徒会長に監視されていると思うと全く力を抜くことすらできず、ただひたすらに疲労が蓄積されていくようだ。




「隼人、大丈夫? 私も手伝ってあげよっか?」


 三階にいた隼人が一階に向かうため、階段をくだっていると、二階の階段近くで、上ってきた菜乃葉と出会う。


「いいよ。俺に任された業務だし」

「そう? でも、面倒だったら、私に相談してもいいからね」

「うん、わかった」

「私たち、付き合ってるようなものだしね」


 菜乃葉は隼人の耳元で囁く。

 すると、彼女は隼人にだけ聞こえるように、意味深な発言をしたのである。


 隼人は両手に持っていた束を落としてしまいそうになったが、何とか態勢を整えた。


 菜乃葉も、この頃、積極的になっている。


 こんなところ、本当に生徒会長には見せられない。


 今のところは、誰にも見られていなかったと思う。

 むしろ、そう考えたかった。




「まあ、隼人、後は頑張ってね」

「わかってるさ」

「じゃ、私、最初に教室に行ってるね」

「うん、またな」

「うん」


 菜乃葉は軽快な足取りで、いつもの教室へと向かっていく。


 けど、いまだに、隼人の心臓はドキドキしていた。


 昨日、菜乃葉とのやり取りが忘れられなかったからだ。


 小学生以来といった感じに、一緒のベッドで寝たような気がする。


 中学の頃も、互いの家に泊まりに行ったりとかはあった。

 けど、恥ずかしくもあり、中学時代は同じ部屋でありつつも離れ離れに休んでいたはずだ。


 小学生の時とは違い、体つきや雰囲気も全く違う。


 暗い自室で横になり、秘密な会話をするようなやり取り。


 昔とは違った、ドキドキと、幸せを感じることができたのだ。




「すまないね。ここまで持ってきてくれて」


 一階の職員室。

 扉から入ると、教頭先生が座っている席まで向かい、話しかけていたのだ。


「大丈夫なんで、生徒会のパシリとして、運んだまでですから」

「パシリ?」

「え、い、いいえ、なんでもないです」

「そ、そうか。一瞬、変な言葉が聞こえたような気がしたんだが、気のせいか。それとも、私が疲れているだけかな?」

「そうかもしれないですね。教頭先生も体に気を付けた方がいいですよ」


 隼人は愛想笑いを浮かべて、その場を乗り切ることにしたのだ。


 危うく、爆弾発言を口にするところだった。


「それと、資料の内容もちゃんとまとめてくれているみたいだし。真理が生徒会長でよかったと思ってるよ」

「そうなんですか?」

「そうだな。今までは、学校の規律も乱れていたしな。真理が生徒会長になってから、幾分、解決された気はするけどな」


 須々木先輩のお陰で、この平穏な学校生活があるのだと知った。


 ということは昔、どれだけヤバかったのだろうか?


 隼人は、そんなことを考え、教頭先生にお辞儀をして職員室を後にするのだった。






「まあ、いいわ。最初にしては上出来よ」

「ただ、運んだだけですけどね」

「それでいいの。君は、一応、私の役に立ってるから」


 須々木先輩は評価をしてくれたのだ。


「他は?」

「別にいいわ。昼休みにも頼むかもしれないから。その時は、君の携帯に連絡を入れるから」

「え? 携帯? でも、俺、先輩とは連絡先を交換した覚えはないですけど」

「君の父親から聞いたの」

「?」


 隼人が体をビクつかせた。


「ごめんね」

「事後報告ですか?」

「そうよ。でも、悪用はしないから。そこに関しては安心してね」


 先輩は優しく笑みを見せてくれる。

 が、どこか怖かった。


「まあ、何かあったら連絡するから、よろしくね、隼人」

「――んッ」


 隼人は彼女から軽く肩を叩かれる。

 ちょっとだけ痛かった。


 話したいことをすべて話し終えた彼女は、背を向け、廊下を歩いて立ち去って行く。


 須々木先輩が悪い人ではないということはわかっている。

 けど、まだ、先輩のことをすべて知っているわけじゃない。


 もう少し、先輩のことを知った方がいいと思う。


 今後のためにも――

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