第5話 俺は美少女二人に挟まれている⁉

 元々、遊子菜乃葉ゆず/なのはとは、幼稚園児からの付き合いである。


 どんな時にでも一緒に乗り越えてきたつもりだ。


 苦しかったとしても、いつも隼人の心の支えは、菜乃葉だった。


 優しく、その満面の笑顔に、隼人は救われていたのである。


 今日の今日まで、頑張ってこられたのは、彼女のお陰で間違いはないと思う。






「……というか、これ、どういう状況なんだ?」


 崎上隼人さきがみ/はやとは、二人の女の子から板挟みになっていた。


 生徒会長である須々木真理すすき/まりと、幼馴染の菜乃葉。


 自室のベッド上で、囲まれながら睡眠をとることになったのだが、双方から伝わってくる、女の子らしい香りに圧倒されていたのだ。


 これじゃあ、リラックスして睡眠なんてとれないって。


 今の時間は深夜零時を少し過ぎた頃。


 お風呂には、真理の指示により、個々で入ることになった。


 本当であれば、幼馴染と一緒にお風呂に入れる予定だったのだ。


 規律に厳しい真理に見られてしまったことで、その願望は儚く散っていった。


 でも、時間はまだある。


 両親が行先から戻ってくるまでの一週間。


 今日は、その初めの日。


 様子を見て、菜乃葉との距離を縮めていくしかないだろう。



 隼人は早く、菜乃葉と恋人のような関係になりたかった。


 今のところ、幼馴染から直接告白されたわけではない。


 隼人の方から告白したとか、そういうわけでもないのだ。


 ただ、友達以上、恋人未満な関係であり、かつ、幼馴染という間柄。


 菜乃葉は、隼人のことをどう思っているかは知らなかった。


 聞けたらいいのにと思うことはある。


 昔からの仲であり、すんなりと聞いても問題はないと思う。


 でも、緊張に押し負けてしまうのだ。




「……」


 双方からの温もりを感じながら、ベッドで仰向けになっている隼人。

 視界に映るのは、普段から見慣れている光景であった。


 右を向けば、生徒会長。

 左を向けば、幼馴染がいる。


 どちらも一応、寝ていて、すぐに起き上がることはないはずだ。


 ここは余計なことをせず、頑張って目を瞑り、睡眠をとることに集中した方がいいだろう。


 緊張しているのは、多分、自分の思い込み。

 そうに違いない。


 これから頑張って就寝するに限る。


 また明日も学校なのだ。


 強引にでも、瞼を閉じていれば何とかなるはず。

 そう心に訴えかけ、自己暗示をかける。




「……」


 ゆっくりと、体の中が軽くなっていく。


 瞼を閉じたまま、深呼吸するように肩の力を抜いた。


 ようやく、体がベッドと布団に馴染んできた頃、意識がフワッとなる。




「……ねえ」

「……」


 なんだ?

 夢?


 天使のような優しい問いかけ。


 夢の中での出来事かと思い、その問いかけに反応を示す。

 しかし、そこは真っ暗な闇に包み込まれているだけだった。


 地獄ように暗い空間に、救世の声が小さく響いているのだ。


「……ん?」


 背中にベッドの温かさが伝わる。


 ここは現実なのだと思い知らされた。




「ここは?」


 また、自室の天井が見えた。


 そう思っていると。


「ねえ、隼人? 起きてる?」

「?」


 隼人の脳内には、クエスチョンマークが点灯しているかのようだ。


 左の方へ顔を傾けると、そこには、幼馴染の顔があった。


 暗い時間帯ゆえ、少々ドキッとするが、現状を整理し、隼人は菜乃葉の方へと体の正面を向けるように、ベッド上で態勢を変えた。


「起きてるけど……」

「ちょっと、会話しない?」

「会話?」

「うん」

「でも、俺の後ろには、先輩が」

「いいじゃん」


 今日の菜乃葉は積極的である。


「まあ、気づかれないようにだったらいいけど」

「うん」


 菜乃葉はしおらしく、吐息交じりなセリフを吐く。




「私ね……隼人のことがね」

「……うん⁉」


 突然、菜乃葉が真剣な表情を見せる。

何を言われるか、ヒヤヒヤしてばかり。

 背の方には、真理が就寝をとっているからだ。


 冷汗が、隼人の頬を伝う。


「隼人のことが好きなの」

「好き? 友達として?」

「んん」

「じゃあ、幼馴染として?」

「違うよ……もう、私のこと、弄ってる?」

「そうじゃないよ」


 隼人はドキドキしてばかり。


 彼女は頬を赤らめている。


「もう、鈍いの?」

「……もしかして、異性として好きってこと?」

「そうに決まってるでしょ」


 菜乃葉はハッキリと言い切った。


 そこに迷いの言葉など感じられなかったのだ。




「もう、私にこんなこと直接言わせないでよ。というか、隼人、私と何年幼馴染を続けているのよ」

「十年以上かな?」

「でしょ。だから、わかってよね」


 彼女の声は恥ずかし気に少々震えていた。


「それで、隼人は? どう思ってるの?」

「それは……好きだよ」

「す、好き?」

「ちょ、ちょっと、声を出さないで」

「んッ」


 菜乃葉が悲鳴を上げる途中で、隼人は彼女の口元を塞いだ。


 彼女が苦しそうな声を出し始めていたので、口元から手を放す。




「急に」

「ごめん、でも、こうするしかなかったって言うか」

「まあ、いいけど。私もごめんね……まさか、隼人の方からストレートな返答が返ってくると思ってなくて」

「どうなると思ってたの?」

「もう少し、焦らすものだと思ってたし」


 菜乃葉の視線は泳いでいた。

 が、やっと冷静になれたようで、再び、隼人の方へと視線を向けてくる。


「でも、嬉しい♡」

「じゃ、よかったよ」

「両想いだったってこと?」

「そうなるね」

「……もう、だったら、緊張しなければよかった」


 菜乃葉はホッと胸をなでおろすように、溜息を吐いていた。


「俺も、菜乃葉が、そういう気持ちだったら、最初から接触的になっていたしさ」

「もうー、何よ。どっちもどっちじゃない」

「そうみたいだな」


 二人は気が軽くなったように、軽く笑みを見せあった。


 ようやく意思が通じ合ったような気がする。


「ねえ、隼人? 昔って一緒に寝ていたよね?」

「そうだな」


 隼人と菜乃葉の両親が仕事の都合で不在の時は、両親がいる方の家で一緒に夜を過ごすこともあった。


 小学生の頃は特に一緒にいる時間が多かったと思う。


 あの頃は何も考えず、自由に生活できることに幸せを感じていたのだ。


 ずっと、あの時間が続けばいいのにと思ってばかりだった。


 でも、時間というのはあっというまである。


 人生というのは楽しいことばかりじゃないけど。

 苦しさの中にある幸せというのも、大切にしていかないといけない。


 大人に近づけば近づくほどに、些細な幸せというのを感じられなくなるからだ。


 隼人は、彼女と手を繋ごうとする。


 が、その直後、背後から闇に包まれた存在を感じたのだ。


 それは丁度、目を覚ました生徒会長――真理の存在だった。

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