第6話 悪女、友達ができる。
このアニータ=ヘルゲという少女はなかなかのお嬢様らしい。
寮に戻るやいなや、専属の侍女が「お帰りなさいませ」とお辞儀をしてきた。そんな侍女にアニータはすぐさま「お客様にお茶を用意して」と命令する。
侍女が立ち去った後で、私は苦笑した。
「お客様ってほどの相手じゃないでしょうに」
「一応、あなたの方が高位の令嬢になるのよ? あたくしは伯爵位だから」
「でも、寮に従者を連れている子は多くないよね?」
学園と同じ敷地内の寮へ戻る道でも、従者を連れている者はあまり多く見られなかった。それに……おそらく侯爵位であるというトラバスタ家の令嬢たるシシリーにも侍女はいないだろう。侍女がいながらこの見た目だったらそれこそ多方面で問題である。
そんな私からの質問に、アニータは自分でジャケットを脱ぎながら嘆息した。
「どこかのトラバスタ家筆頭に年々資金ぐりに苦労している貴族も増えてきているからね。数年前に大飢饉が起こったせいで、どこもかしこも火の車よ」
「そういうアニータのおうちは裕福そうだけどね?」
「うちはただ過保護なだけ……本当は、あたくしがこの学校に通うのも大反対されたんだから」
雑談しながらも、アニータは化粧台からテキパキと小綺麗な瓶を物色していた。その数は三つ。それに加えてコンパクト型の容器が四つ。短いスティック型が一つ。
それらを全て、私に差し出してきた。
「これ、全部あげるわ!」
「厚意は嬉しいけど、さすがに貰えないかな」
私はただ若者に人気の化粧品ブランドなり、美容成分なりを知りたかっただけである。成分さえわかれば、それに似た代用品を探してみるなり、のちにお金が用意出来たら迷わず購入できるよう知識をつけておこうと思ったのだ。
だから余りの少しならまだしても……見るからに新品同然の物をこんなにたくさん貰えない。八百年前の言葉で『タダより怖いものはない』という格言があるくらいだ。
だから彼女の気を損なわないように遠慮すると……アニータが下唇を噛みながら口角をあげた。
「……やっぱりアイヴィン=ダールへの口添え狙いくらい、読めているわよね」
「え、そうだったの?」
アイヴィン=ダールといえば、先も胡散臭く私を口説いてきた色男くんだ。アニータはあんな男が好みなの? 趣味が悪いなぁと諭し方を考えていると、彼女が必死の形相で食らいついてくる。
「お願い! 彼にあたくしを王立魔術研究所へ推薦するように言ってちょうだい! 今年が最後のチャンスなのっ‼」
え~と、『シシリー』だったら彼女の事情も把握しているのかもしれないけど、さすがに出会って数時間の『
「理由次第かな。ひとまず訳を聞かせてもらえる?」
と無難に尋ねれば、アニータに椅子に座るよう促される。個室の寮部屋ということだが、一人で使うには広いくらいのいい部屋だ。全員にこの規模の部屋が割り当てられているとは建物の規模的に考えにくいから、彼女の両親が大層寄付金を納めていることが窺える。
アニータは泣きそうな顔で話した。
「あたくし……学校を卒業したらすぐに結婚させられるの。相手は小さい頃からの許嫁。嫁入り後はそのまま相手の家に入って、夫人としての務めや後継者づくりに励むことになる……」
それは……八百年前から聞く貴族令嬢の役目だね。
家督の多くは男性が継ぐからと、あくまで女性はサポートする存在。類まれなる才能でもない限り、そんな体系は今も昔も変わらないらしい。
「でも、あたくしは魔術師になりたい! 王立魔術研究所で働くのがずっと夢だったの‼」
それでも波から外れて夢を持つ女性も、いつの世にもいるわけで。
出た杭は打たれるという言葉が昔にはあったように、あぶれ者の夢は並大抵の苦労では手に入らないものらしい。
「だから両親やみんなに反対されながらも、女学院ではなく少しでも魔術の授業が多いこの学園に入学した! ここで花開かなかったら、大人しく結婚するからと約束して……だけど、大して成果もあげられないまま卒業まであと一年を切っちゃって……」
そういえば、シシリーたちは最高学年だったね。
嫌でも卒業後の進路に焦る時期なのだろう。私も約束した手前、シシリーの進路は叶えてやる必要があるわけだけど……。だからこそ、目の前で縋ってくる少女が他人事のようには思えなかった。
「だからお願い! アイヴィン=ダールにあたくしを推薦するよう口添えして‼ もうあたくしには、そんな手しか残されてないの……」
私はその後の展開を覚悟しながら、言葉を吐く。
「同じクラスなのに、彼から声をかけてこないってのが答えなんじゃない?」
「……っ⁉」
アニータが言葉を詰まらせる。きっとこのあと、私は罵られることだろう。化粧品について教えてもらうのもパアになりそうだ。だけど、この発言に後悔はない。
だって私も、かつては『大賢者』として魔法の頂点に立っていた人物だから。当時は『魔法協会』という名前だったけど、察するに魔術の叡智を極めようとする似たような組織なのだろう。
だからこそ、私は言わなくてはならないのだ。
「仮にそんなせこい真似して入職したとしても、あとで自分が惨めになるだけだよ。能力が足りない場所に所属して、苦労するだけならいい。傷ついて、悔やむ羽目になるのが目に見えて――」
「なによ、自分はたまたま声を掛けられたからって偉そうにっ!」
それはまぁ事実だから……私が彼女に返せる言葉はない。
「今日は声を掛けてくれてありがとうね。すごく嬉しかったよ」
そう立ち去ろうとした時だった。背中からアニータのすすり泣く声が聴こえる。
「どうして……常に虐められてきたあなたがあんな綺麗な魔術を使えるのよ……あたくしだってずっと一人で訓練してきたのに……」
「う~ん。一人だからじゃない?」
思わず出てきた今後のヒントに、振り向いた私は人差し指を立てる。
「ほら、私だってアイヴィン=ダールの力を借りてようやくできたわけだし」
現に私が今使わせてもらっている身体は『魔力なし』と称されてしまうほどだ。授業の課題ができたのも、アイヴィン=ダールの力があってこそ。せっかく『学校』にいるんだもの。その環境を活用しない手はない。
「あなたさえ良ければだけど、これから魔術の訓練、私が付き合おうか?」
「えっ?」
「一年じゃ間に合わないかもしれないけど、でも今日より早い日って二度と来ないでしょ? さっそく今からやる?」
ふふっ、これぞ青春。
アニータの魔術向上にも手を貸すことが出来て。私も友達と訓練という青春っぽいことが体験できて。アニータに多少の恩を売ることで、今後のシシリーの生活にも役立つかもしれなくて。
ちょっと性格が悪いかもしれないけど、一石三鳥! 我ながら妙案だね、と自分で自分を褒めていると、アニータが不安げに聞いてきた。
「……いいの? それに、あたくしの夢を馬鹿にしないの?」
「どうして友達の夢を馬鹿にする必要があるの?」
「ともだ……」
途端、お喋りだった彼女が口を噤む。だけどすぐさま化粧品の瓶らを再び抱えて、私に押し付けてきた。
「……これ、やっぱり全部あげるわ!」
「だから要らないってば」
「口止め料よ! こんな惨めな姿、あなたにしか見せたことないんだから……」
「そんなものなくても、誰にも言わないよ」
その時、扉がノックされる。「もうお帰りですか?」と入ってくるのはお茶一式を用意してきたアニータの侍女だ。アニータはせっかく戻ってきたばかりの侍女にすぐさま新しい命令を飛ばしていた。
「ケーキも用意してちょうだい。彼女に化粧の仕方を教えるから。長丁場になるわ! ……約束は約束だからね! 魔術の訓練は明日から! まずはあなたの見た目をどうにかする方が先決よ‼」
後半の言葉は、私に向かって。
アニータの侍女は彼女の性格を熟知しているのだろう。独りよがりな口調を嬉しそうな目で見つめている。
「かしこまりました。お嬢様とお客様の分、二つで宜しいですね?」
「ち、違うわ!」
侍女の言葉を否定して。アニータはこちらをチラチラ見ながら耳を真っ赤に染めていた。
「彼女はあたくしの友達よっ!」
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