第4話 悪女、授業で圧巻の成果を出す。

 教室まで来る間にも、周りからジロジロと見られてしまった。

 だけど、アイヴィンはその視線を何も気にすることなく、教室で私の椅子まで引いてくれる始末だ。 


「それじゃあ、俺の席は前の方だから。困ったことがあれば声かけて」

「ありがとう。頼りにしてるわ」


 ……この人は、完全に人格の変わったシシリーで遊んでるわね?

 それでも今のところ、むしろ助かっていることが多いから……ここはお互い利用していく方が得だと思う。まわりの視線は鋭いけれど。


 そんなこんなで、いざ授業が始まった。

 魔術の実技訓練……といっても、ドンパチ派手にやるわけでなく、光の色を変えていく訓練のようだね。八百年前だったら五歳くらいの子供が初めての魔法として練習するような内容だけど……ふむふむ。現代の『魔術』という理論によれば、色を変える時に大気中の微粒子をそれぞれ抽出・配合を同時に行わなければならないから、高難易度の技術になるみたい。しかも、表現したい色によって抽出する微粒子が変わるから、綺麗な色を作るためにはかなりの集中力がいるとのこと。


 なるほどね……たしかに行程の一つ一つを理論づけて技術化していけば、出来不出来はともなく誰にだって『魔術』を行使できる。才能によって能力に大きな差が出ていた八百年前の『魔法』より、よほど民主的だと思うけど……。


 でもこれって……私が八百年前に提唱した技術じゃないかな?


「では、これより一人ずつ偏光反応を披露してもらう!」

 

 クラスメイトが皆順番に教壇にあがって技術を披露しているのを眺めていると、隣の女の子が話しかけてくる。


「魔力なしが試験を受けてどうするの。早く退学すればいいのに」


 金髪が艶やかな可愛い子だ。制服に違和感のないように化粧もしている様子。ぜひとも仲良くなりたいね。私はにっこりとお返事した。私の行動次第で、今後のシシリーの評判に関わるからね。


「ご心配ありがとう。でも、それであなたに迷惑かかるわけじゃないでしょ?」

「……この魔力なしの根性なしが」


 あら、舌打ちされちゃった。今どきの女子って品がないのね。

 でも、たしかにご指摘内容は最もである。いくらシシリーの身体に意識を集中させても、十分な魔力の気配は感じない。現にクラスメイトらが披露している光の偏光は、色がまばらだったり、変化が少なかったりと大したことないんだけど……。


 その中で、大歓声の上がるほどのイルミネーションを見せてくれた男子がひとり。アイヴィン=ダールである。手の中に生み出した光を、一定の時間で七色自由に切り替えている。しかも本人は微笑をたずさえたまま余裕のようだ。終わった直後はこちらにウインクを向けてくるから、今度は私が苦笑を返した。


 そんなこんなで、隣の女子が終わった次が私である。隣の女子も魔術はそんな苦手じゃないようで、三色の変化を見せた後、自慢げに鼻を鳴らしていた。このあとじゃ恥を掻くだけでしょう? そう言いたげな視線で。


「次、シシリー=トラバスタ!」

「はーい」


 先生に呼ばれて、私は席を立つ。すれ違いざまに「今からでも仮病使ったら?」と隣の席の子に親切を提案されて、私は気持ちだけ受け取っておいた。


 そして前に出て、先生に質問する。


「この試験は魔力量を測るものではなく、操作性を見るものと考えていいのですか?」

「まぁ、此度に関しては光のサイズを見るものでないからな。すごく小さくても減点対象には――」

「それなら……さっそく頼っていい?」


 私が手を差し出すのは、もちろんアイヴィンだ。一見するに、魔力が一番潤沢なのが彼だからね。多少借りたところで問題はないだろう。


「俺の魔力を使うってこと?」

「えぇ。もちろん操作は何もしないでね。私の試験なんだから」

「それは当然。先生が許可してくれたらだけど……」


 そうして彼が教壇を見やれば、先生は「余計な手出しはしないでくださいよ」と釘を刺す。それに私たちが顔を見合わせてから、彼の手を借りた。


 そして――私は想像する。

 教室中が色鮮やかに彩られた光景を。夜の中に光の蝶が舞うイメージ。その蝶は七色に色を変えて、感嘆する生徒らの肩や腕で羽を休める。


「きれい……」


 シシリーの隣の席の女子が漏らした声が聴こえる。

 そう喜んでもらえたなら、ちょっと調子に乗っちゃおうかな。私はさらに光の薔薇の幻想を生み出し、瞬かせると――頭に蝶を乗せた先生が慌てて両手を叩いた。


「そ、そこまでだ‼ シシリー=トラバスタ!」

「あら、ここからがいいところだったのに」

 

 私は魔法を解く。元の木造の教室風景に戻った中で肩を竦めれば、私の間隣でアイヴィンが拍手をしていた。


「お見事だ! きみにそんな才能があるなんてな。もう少し魔力があれば、王立魔術研究所に推薦しているところだよ!」

「あなたにそんな権限があるの?」

「一応、俺はそこの正職員だからね」

「へぇ、一応覚えておこうかな」


 彼の様子からして、魔力を使われても特別体調に支障は出ていないようである。

 今も息を呑んでいるクラスメイトらの反応からして、これで一泡は吹かせられただろうと席に戻っていると、先生がアイヴィンに確認していた。


「本当に、先の偏光反応は貴殿がしたものではなく?」

「俺は本当に“魔力を引き出された”だけですよ。操作は全て彼女によるものです」


 とりあえず使ってみてわかったことは、今でも私は『魔法』が使えそうとのことだ。もちろん魔力源はどこからか供給してもらう必要があるけれど……慣れてくれば、シシリーの少ない魔力でもやり繰りしていくことが可能だろう。そもそも魔力がないわけではないしね。引き出すのが苦手なだけで。


 これならやっていけそうだと席に戻ると、隣の席の子がチラチラと私の方を見てくる。「どうしたの?」と尋ねれば、彼女が「なんでもない!」と拗ねたように顔を背けてしまった。


 そんな彼女に、私は訊いてみた。


「もしよければお願い事があるんだけど」

「な、何よ……⁉」

「あとであなたが使っている化粧品について、教えてくれない?」


 その疑問符に、彼女はモジモジと何かと葛藤した後「……教えるだけだからね」と拗ねたように応えてくれた。

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