【ノベル2巻発売】ど底辺令嬢に憑依した800年前の悪女はひっそり青春を楽しんでいる。

ゆいレギナ

1章 諦めからはじまる青春

第1話 悪女、憑依する。


『ノーラ=ノーズ! お前の度重なる悪行はもう庇いきれん。封印の刑に処す‼』


 婚約者殿下から告げられたそれはのちに『稀代の悪女』と謳われる少女の末路だった。


 度重なる悪行……それらは全て冤罪である。

 誰かを助けようとしたことはあれど、傷つけようなど思ったことはない。

 誰かの役に立ちたいと思ったことはあれど、誰かの邪魔をしたいと思ったことはない。


 だけど、最近の瘴気の増加。それによる疫病の蔓延。戦乱の過激化。災害被害。

 それらは全部、稀代の大賢者・ノーラ=ノーズのせいだとされて――


 は死して生まれ変わることも許されない、最大の刑罰『封印の刑』に処されることになったのだった。




 ――と、それから八百年後。


(退屈だわ~~‼)


 動けない。喋れない。死ねない。

 薄暗い洞窟の中のクリスタルに閉じ込められた状態で八百年。遠視の魔法が使えなかったら、絶対に気が触れていたと思う。


 ……ま、それを狙っての処刑法なんだけどね。


 冤罪にまつわる理不尽に、腹を立てていた頃もあった。だけど八百年。あまりに長い時間はゆっくりと復讐心すらも風化させ、ただただ刺激のない時間に辟易するだけ。


 私は暇すぎる八百年間、ずっと見ていた。

 魔法と呼ばれる奇跡の力で作り上げた文明が滅ぶ姿を。

 そして再び魔術という似て非なる技術を用いて作り上げた文明が栄えていく姿を。


(私も一緒に参加したかったな……)


 過去の過ちを糧に、皆で協力して何かを作り上げていく姿はとても眩しかった。

 時に笑って、時に喧嘩して、時に泣いて。封印される前から、ずっと憧れていた光景だったのだ。ノーラ=ノーズは幼少期に芽生えた魔法の才覚から、ずっと『みんな』とは離れた人生を歩んでいたから。


(誰も『大賢者』なんてものになんて、なりたくなかったんだけどなぁ)


 ただ他の子のように無邪気に遊んでみたかった。

『学校』という場所に通って、青春とか恋とかというものを経験してみたかった。


(そろそろ死ぬ自分には関係ないけどさ……)


 私を封じ込めたクリスタルは、中に入れた者を不老不死で永遠に保存する大魔法具である。だけど、道具はいつか壊れるもの。八百年という歳月の中でだんだんと不調が出てきて、中の『ノーラ=ノーズ』の身体も少しずつ老化を進めていた。


 なぜ、私にわかるのか――そんなの、私が作ったからに決まっている。

 本当は処刑の道具ではなく、治療目的で開発したものだったのに……どうしてこうなったのか。そんなこと悔いても、今更どうにかなるものではなく。


 私は最近気に入っていた学校の様子を、再び遠視しようと魔力を繋いだ時だった。


【死にたい……】


 そんな誰かの声が聴こえる。

 こんな薄暗い洞窟に誰かが来るはずがない。しかもかなり前に入り口ががけ崩れに遭い、完全に塞がってしまっているのだ。だから、これは遠視先からの声である。


【もうやだ……死にたいよ。お願いだから、このまま死なせて】


 その悲痛な声に、私の胸は苦しくなる。

 だって、その『死にたい』という言葉が『助けて』にしか聴こえないから。


(助けてあげたい……)


 その少女が誰なのか、私は知らない。学生の誰かなのだろうが、キラキラ眩しい学校風景しか眺めてこなかったから……一体誰なのか見当もつかない。


 それでも、その声を聴いてしまったからには。

 もう他人事だとは思えなかった。


(私が助けたい‼)


 その時だった。ふと、身体が軽くなる。気が付けば、私はいつもと少しだけ違う光景を見て・・いて。ふと振り返ると、『ノーラ=ノーズ』がクリスタルの中にいる。


(老けたわね~っ‼)


 ぱっと見、九十歳くらいの老婆だろうか。老化が進んでいる体感はあったけど、まさかここまでとは……。遠視能力で自分の姿を見ようと思わなかったのは、何かの防衛能力が働いていたのかもしれない。


 自慢だった菫色の髪なんて何処へやら。真っ白で縮れたボサボサの髪。しわくちゃの顔。しわくちゃの手。身体は枝のように細いのに、歪に膨らんだ下腹部。それらを見て、ざっと計算する。


(この身体ももって一年ってところか)


 魔法のみならず、医学の勉強もしていた私。いよいよ訪れる己の死を、私は鼻で笑い飛ばす。


(何もしなかったら、きっとあっという間ね)


 八百年の中の一年なんて、刹那のような短さだろう。

 それでも意識だけでも動けるようになったのなら。


(行かなきゃ!)


 私に助けを求めてくれた、少女の元へ。

 私はもう『ノーラ=ノーズ』を見ない。指先で四角を描き、先の遠視先を投影する。


 そこに映るのは、貴族が多く通う学園内の階段で、誰かに突き落とされた少女の姿。

 煤けたような髪は結っていてもボサボサ。骨が浮き出ている細い四肢。制服だって裾がほつれている。まわりに散らばっている紙束は、彼女が運んでいたものなのだろうか。


【痛いよぉ。苦しいよぉ……もうこのまま死にたいよぉ……】


 さまよえる魂を見つけ――私はその映像の中へ跳んだ・・・



 

 跳んだ先は、真っ暗な彼女の精神世界。

 蹲ったまま泣く少女に手を差し出す。


(そんなに泣かないの。せっかくの綺麗なまなこが溶けちゃうわよ?)

(あ、あなたは……)


 長い編んだ髪はボサボサで、肌もくすんでいるくたびれた少女だ。だけど、見上げてくる彼女の瞳は宝石のように澄んだエメラルド。……よく見れば可愛い顔つきしているじゃない。


(私はノーラ=ノーズ。死にたいと思うなら、あなたの身体を私に預けてみない?)

(『稀代の悪女』……?)


 あら、八百年経っても私って有名なのね? 喜ばし……くはないかな。

 だからあまり気にしないことにして、わたしは彼女と同じ高さに屈む。


(一年後、あなたにとって最上の環境と一緒に身体もお返しすると約束する。素敵な恋人と友人は必須よね? あと卒業後の進路はもちろん、優しい家族と潤沢な資産も必要かな?)

(そんなの、今のわたしにはひとつも持って――)

(だから、私がこの一年間で作ってあげるって言ってるの。わたしは夢の学園生活を送ることができる。あなたは一年間ゆっくり静養したのち、完璧な状況から人生リスタートができる。どう? 我ながら悪くない取引だと思うけど?)


 私は目の前で泣く少女を助けたい。

 だけど同時に……私は死ぬまでの一年間、少しでも楽しい生活がしてみたい。

 自分の身体が使えない私にとって、これ以上ない条件だ。


 そんな自分勝手な『悪女』の目論見なんて、目を輝かせる少女にはわからないのかもしれないけれど。


(ほ、ほんとうに……?)

(勿論! ほら、小指を貸して)


 この無垢な少女を絶対に裏切らない。

 そう己に誓って、おそるおそる手を掲げてきた彼女の小指に無理やり私の小指を絡める。


(これは、今でいう古代の絶対を約束する魔法)


 小指の周りにキラキラした光が舞う。そして指を切れば、シャランと鈴のような音が聴こえた。これで契約完了。もし、契約を違えれば――私は神から天罰を受ける。


 身体も失った私が受ける罰は――この魂の消滅くらいかな。生まれ変わることもなく、ただ消える。八百年変わらない時間を過ごすより何倍もマシだね。どちらに転んでも、私に損はない。


(それじゃあ、あなたはまずゆっくり休んで。わたしはとりあえず……あなたを可愛がってくれた者たちへ挨拶しなくちゃ、ね)


 そして、が立ち上がると――

 世界に光が戻る。窓から差し込む木漏れ日。若人たちの活気ある雑踏。

 小綺麗な校舎の階段の踊り場で、が突き落とされた直後らしい。


 手足が痛い。ふふっ、痛いな。八百年ぶりの痛みに、思わず笑みが零れてしまう。

 そのまま顔をあげると、階段の上で、驚いた様子の二人組がいた。


 へぇ……この子らに突き落とされたのね?

 私は彼女たちに対して、八百年ぶりの笑みを浮かべる。

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