しんがりの騎士道

月井 忠

第1話

 我々は必死に逃げた。

 近衛兵はわずか十騎。

 目指す砦まで後少し。


 日暮れから駆けっ放しの馬はすでに潰れる寸前だ。


 後ろの馬車を見る。

 粗末な馬車には王と王妃が乗っている。


 あちらの馬もなんとかもちそうだ。


「開門! 開門!」

 砦までたどり着き、砦の兵士に向かって叫ぶ。


 すぐに門が開く。

 甲冑に身を包んだ衛兵が幾人か駆けてくる。


「こんな夜更けに、どうなされたのですか」

「反乱だ。王都はすでに墜ちた。王をこの砦に匿う」

 後ろの馬車に合図を出し、砦の中に入れる。


「すぐに門を閉め、防備を固めろ」

 自らも砦に入って、次々に指示を飛ばす。


 先の大戦にも耐えた砦だ。

 ここなら反乱軍をしのぐことができるだろう。


 後は援軍の問題だ。

 付近の領主は反乱に加わっているか、見定める必要がある。


 ここに来る途中、領主たちに使いの者を向かわせた。

 最悪、隣国まで落ち延びる必要が出てくるかもしれない。


 兜を脱ぐと机に置く。


「大丈夫でしょうか。隊長」

 近衛兵が聞いた。


「やるしかないだろう」


 状況は厳しい。

 しかし、守り抜く必要がある。


「反乱軍が来ました」

 砦の衛兵が詰所に駆け込んできた。


 全員で門の上まで走る。


 砦の正門には群衆が集まっていた。

 左手には松明を掲げ、右手には農具を持ち喚いている。

 中には正規兵もいるようで、武装した者の姿も見える。


「王の御心を解さぬものどもが」

「いかがいたしましょう」

「何もする必要はない、どうせこの砦は落とせない」


 奴らが攻城兵器を扱えるとは思えない。

 あまりにうるさいようなら、こちらから矢を射ても良い。


「あっ! 門が」

 近衛兵の驚きの声が聞こえた。


 下を見ると門が開いていく。


「馬鹿な! 何をしている!」

 隣りにいた衛兵に詰め寄る。


「みんなの総意です」

 衛兵は顔をそらした。


 剣に手をかける。


 抜く寸前でやめた。


 この衛兵を殺した所で、何も変わらない。


「急ぐぞ」

 近衛兵を伴い、王の休む部屋に急いだ。


 なんとか反乱軍より先に部屋にたどり着くことができた。


「扉を固めろ! こちらからは手を出すな!」

 わずかな近衛兵に指示を出し、部屋に入る。


「どうしたのだ」

 王はベッドから身を起こしていた。


「申し訳ありません。砦の衛兵が裏切りました。ここは敵中です」

「なんだと!」

 王の顔は青ざめた。


 隣にいる王妃は顔をそらしている。


「ご決断を」

「決断とは何だ?」

 王は聞く。


「不名誉な形で囚われるのは恥と考えます」

「自害しろと言うのか!」


 黙って答える。

 決めるのは王だ。


「ワシは死なん! 最後まで戦う!」

 王はベッドのそばに置かれた剣を持つと立ち上がった。


「わかりました。しばし、お待ちを」

 そう言って部屋を出る。


 部屋の外は、すでに反乱軍が取り囲んでいた。


「リーダーは誰だ。話がしたい」


 一人の男が出てきた。

「俺が、この部隊を率いている」


 これが部隊とは、お笑い草だ。

 しかし、その烏合の衆に追い詰められていることに変わりはない。


「こちらへ」

 剣を床に置く。


「わかった」

 警戒したようだが、男も武装を解き近づいてくる。


「王を差し出す。その代わり、他の者には手を出さないで欲しい」

 声を潜め、周囲に聞こえないように言った。

 男は目を見開く。


「どういうことだ?」

「そういうことだ」

 ただ、それだけ答えた。


「いいだろう」

 男はうなずいた。


「お前たち、武器を捨てろ」

「しかし、隊長」

「いいから、指示に従え」


 近衛兵はしぶしぶ武器を置く。


「しばし、待て」

 一人で部屋に入る。


「どうなった? ワシは戦うぞ」

 王は抜き身の剣を両手で構えていた。


「その必要はありません。我々は降伏します」

「なん……だと」


 素早く近づき、王の剣をはたき落とす。


「申し訳ありません」

「貴様! 取り立ててやった恩を忘れたか」

「どうしても、守りたいものがあるので」


 部屋の外に出て後ろ手にした王を引き渡す。

 反乱軍は歓声を上げた。


 気づかれぬよう、そっと部屋に戻る。


 近くの家具を扉の前に移動させる。

 多少の時間稼ぎにはなるだろう。


「お急ぎください」

 鎧を脱ぎながら言った。


 奴らが王妃である彼女を見逃すとは思えない。


 彼女も豪華な服を脱ぎ、用意した古着に着替える。


 何度も肌を合わせた仲だ。

 今更、恥ずかしがることもない。


「これで良いのでしょうか」

 彼女が聞く。


「可能なら王を守りたかったのですが」

 扉を一瞥する。


 外の喧騒が漏れ聞こえてくる。


「致し方ないでしょう」

 籠城して機を見て二人で逃げるつもりだった。

 予定は早まったが計画どおりではある。


 部屋に隠された扉を開ける。


 先の大戦で、この砦を死守した時から隅々まで熟知している。

 隠し通路を使って外に出た。


 最悪の形ではあったが一番守りたいものは守れた。


 次は彼女との未来を守る番だ。

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しんがりの騎士道 月井 忠 @TKTDS

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