散る命

僕は結局、彼女が何を言いたいのかわからずじまいだった。

だから僕は翌週にも動物園へと足を運んだ。

前回は彼女がそのまま帰ってしまったので会う約束はしていない。

それでも彼女はきっとそこにいる。

そんな確信が僕にはあった。


案の定、彼女はいつもと同じ場所に居た。

僕が近づくとそれに気が付いた彼女が少しだけ微笑む。

初めて彼女の微笑みを見たかもしれない。


「来て。わからないって顔してる。」


初めて彼女から口を開いてくれた。

何だか今日は初めてのことばかりだ。

いつもと同じはずなのに決定的に何かが違う。

僕は困惑しつつも黙って彼女についていく。


意外なことに彼女は園外へと向かっているらしい。

出口を通って外に出ると彼女は黙ったまま川沿いを歩いていく。

もう僕の事は見てもいないし微笑んでもいない。

ただその瞳には強い光が宿っていた。

その光に気圧された僕は何も聞けず彼女についていくことしかできなかった。


しばらく歩いた後、彼女は大きな橋の中央でようやくその足を止めた。

そしてそのまま欄干に座る。

僕も彼女にならおうとしたが彼女に止められた。

彼女は僕を隣ではなく、彼女の正面に立たせた。

欄干に座った彼女の視線と僕の視線は丁度同じ高さだ。

向い合った僕たちの視線は必然と交わる。

初めて同じ高さで互いの顔を見たかもしれない。

その瞬間、僕は彼女が何を言いたかったのかをはっきりと理解した。


「僕は小さな世界を生きていたんだね。」


僕の口から自然と言葉が出た。

あれだけ悩み、考えていたことが嘘のようにすんなりとその一言が出てきた。

これこそが答えだ。


「この世界は存在しているから在るだけ。そして私たちが在るから世界が在る。そこに居てくれてありがとう、君との時間は楽しかったよ。」


彼女はそう言って静かに立ち上がるとそのまま欄干の下へと消えていった。

僕と同じ高さにあった彼女の瞳は僕より高くなり、また同じになり、僕よりも低くなり、見えなくなった。

そして数秒後に聞こえる水面に何か思い物が落ちた音。

あまりにも自然に彼女は僕の目の前から永遠に消えていった。

僕の視界にはまだ満面の笑みを浮かべる彼女がいる。

さっきっ見た微笑とはまるで違う。

本当の笑みだった。

もう一度見たいそう思った

だけど彼女はもういない。


この時にようやく僕は彼女が飛び降り自殺をしたということに気が付いた。

どうして彼女が死を選んだのかはわからない。

だけど満面の笑みを浮かべて散っていった彼女がとても美しく感じた。

今までも彼女の事は美しいと思っていたが比べ物になどならない。

言葉でなど表せないほどに美しかった。


そして僕は僕もそうなりたいと思った。

騒がしくなってきた下の方など気にも留めず僕は全力で走り出す。


彼女の笑みが僕の頭から離れない。

そうして家に帰った僕は走ってきた勢いのまま鞄からノートとペンを出すと机に向かい一言目をノートに記した。


【遺書】




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