僕と彼女の距離

「どうして私みたいになりたいの?」


いつものようにかなりの間が空いてからの彼女の返事。

いつもと同じ。

彼女が考える為の時間。


「君が見ている世界はきっときれいなんだろうなって。たくさんの色に溢れていて、たくさんの命があって、僕ちは違う世界を生きているみたいだから。僕もそうなりたいって思ったんだよ。」


僕は素直に思ったことを口にしていた。

以前に僕がどうして彼女のことを青いと言ったのかは説明してある。

恥ずかしくて彼女の顔は見られなかったけど彼女は真剣に僕の話を聞いてくれていた。

そして「そう。」とだけ一言つぶやき、この時の話は終わった。


だからこれは僕が彼女に返答を期待しての言葉だった。

僕は彼女の考えが知りたかった。

彼女なら正解を、正しい道を知っている。

そして僕を導いてくれる。

そうすれば僕は彼女の世界に触れ、一緒に歩いていけるとそう思った。

彼女なら僕を僕として見てくれる。


僕は黙って彼女からの返事を待つ。

いつもより間が長く感じるのはきっと気のせいではないだろう。

早く彼女の言葉を聞きたかった。

いつも彼女が返事をしてくれる時、彼女は僕のことを真っ直ぐに見つめる。

早く彼女のきれいな瞳が見たい。

早く彼女の美しい声が聞きたい。

そう思えば思うほどに時間の進みは遅くなっていくようだ。

しかたなく、僕は目の前のキリンと向き合うことにした。


その時にふと思った。

思ってしまった。

檻の中で人間に管理されて生きている目の前のキリンと地球という惑星の中で常識という枠組みに支配されている僕ら。

いったい何が違うのだろうか。


現に僕と彼女の距離は30㎝あるかないか、目の前のキリンとは3mほどだろうか。

数字にすれば僕と彼女との距離の方が圧倒的に近い。

だけど彼女からの返事を待つ僕には隣にいる彼女よりも目の前にいるキリンの方が身近に感じてしまう。

隣にいるはずの彼女が急にとてつもなく遠い存在に思えてしまった。

それと同時に僕は触れてはいけないものに触れようとしているのかもしれない、そうも思った。

それはまるで火を掴もうとする子供のように考えなしで危険な行為なのかもしれない。

だけどもおう遅い。

すでに賽は投げられた、僕が投げてしまった。


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