私B side

 私は彼に小説を辞めさせた。


 彼の書く物語が好きだった。彼の書いた小説が本になると決まった時、二人でお祝いした。近所のケーキ屋さんで4号のホールケーキを買った。3000円のホールケーキは高かったけれど二人で半分こして、若い頃みたいには食べれないねなんて言って笑うのが可笑しくて。


「いつかは君と僕で半分こじゃなくて、何かお祝いする時、3当分4当分するようになるといいね」


 そんな台詞を、そんな調子の乗り方をする彼を、私は本当に愛おしいと思ったし今でも思ってる。

 だけどそんな時間は続かなかった。


 それから書いても書いても出版には繋がらなかった。最初の本を出してから1年半くらい経った時、彼が仕事を変えると言い出した。ちゃんと稼ぐようになるって。


「君のためにも稼がないといけないから」


「書く時間はどうするの?私を言い訳に使わないで」


 その言葉が頭をよぎって、強く刹那に握りつぶした。


 書けない自分、一冊しか出せてない自分、許せない自分。このままだと彼は自分のプライドで自分を殺してしまいそうに見えた。

 だから私は、分かった。就活応援するねとだけ言った。

 

「お金も貯まってきたし引っ越そうよ」


 それから彼も私も頑張って新しい生活を始めようとした。それなのに。


 一冊の文庫を握り締めて固まる彼。その一瞬で理解する。彼の本だ。


 机に使われない皿を置くのはわかる。どんなに素敵なお皿でも、生活の中の一枚になるといつも綺麗に使われるなんて事はない。きっと一番取りやすい場所あったからみたいな理由で、レトルトカレーを食べる時に使ったりする。

 それが悪いと思わないけれど、ダミーとして置かれる皿はただ綺麗な理想の生活をイメージする為に使われる。それはきっと幸せな事だと思う。


 でも本は違う。本は読まれないといけない。本棚に並べるだけなら適当な箱でいいはず。ペーパークラフトで簡単に作れると思う。なのに彼の書いた本を並べるなんてひどい。




 私は彼の腕を掴んで言う。この言葉は私が言わないといけない。そうしないと彼は自分で自分を傷つけてしまう。


「ダメだよ」


 彼に小説を辞めさせたのは私。



 彼は私を選んでくれた。



終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は自分の夢より君を選んだ。 土蛇 尚 @tutihebi_nao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ