第25話 二年生、マリエラの受難はなくならない(10)
二年生の後期日程に入って二ヶ月ほど。清き風陸吹き渡る八ノ月になった。
マリエラはヴァンをマガク部に招いた。
「そういえば。春のころにあった媚薬だか惚れ薬の話なんだけど。あれって、効果は一時的なものだったでしょう? 一時的に惚れさせてどうするつもりだったんだろうって思うのよ。だって夢は醒めるじゃない」
「ほんの一時だけでも夢をみたかったんじゃない。気持ちは消えても、好きだった記憶は残るだろ。そこから始まる恋もあるんじゃない」
「……ヴァンがロマンチックなこと言ってる」
「もしくは単にマリエラとヤりたかったか」
「前言撤回するわ」
二人は魔法具用の指輪カタログを眺めていた。マリエラがずっと開発していた毒探知の魔法式が完成したのである。あとは魔法石にそれを込めるだけだ。
「どれがいいか決まった?」
「金色より銀色の方が好きだな。デザインはシンプルな感じの、こういうの」
「だったらプラチナ製にしましょ。結構細身が好きなのね。石の色はどうする?」
「碧色かな。紫でもいいけど」
「そう。ヴァンって左利きよね? 右手かして、サイズ測る」
「はいどーぞ」と差し出されたヴァンの人差し指のサイズを測る。
「ねぇ、婚約指輪なら薬指なんじゃないの」
くすくす笑うヴァンの手を、ぱちんと軽く叩く。
「そんもなんじゃないでしょ」
指輪であることに深い意味は無い。
マリエラが毒探知の術式を込めた魔法具をプレゼントしたいと言えば、ヴァンはすんなり頷いた。どのタイプがいいかと聞けば、指輪が良いと。マリエラとしても、一番反応に気付きやすい指輪はちょうど良かった。
「あのさぁ~~~マリエラ様とヴァン様って、結局どういう関係なんです?」
先輩のリドがなんとも言えない表情で聞いてくる。マリエラとヴァンは顔を見合わせ、お互い首を捻る。
どういう、と聞かれるとぴったり当てはまる言葉が浮かばないのだ。
「なんなんでしょう」
「なんなんだろうーね」
「だってさぁ、銀色に碧色って、それって……。紫にしたって、イメージカラーじゃん」
リドがちらりとマリエラを見た。
プラチナブロンドに碧眼、藤の花の紫色。連想するのはマリエラだ。
「これはマリエラに貰った、って忘れないでしょ? 在学中は毒探知つけてないと怒られそうだし」
「毒だって分かったら絶対に口にしないでよ」
リドは納得いかないようで眉を寄せている。「でもさ」と口にしたとき、けたたましく部室のドアが開いた。
「マリエラさまぁ~~~! どうしましょう、降星祭に誘われてしまいましたっ! ……と、あ、ヴァン様と、リド先輩もいたんですね」
ぜぇぜぇと息を切らしたマリエラが赤い顔をして叫ぶ。マリエラの隣の椅子に座り、はぁぁぁぁと大きな溜め息をついた。
マリエラとヴァンは同時に言った。
「殿下に?」「フィリップに?」
「お二人ともどうして分かるんですか」
そりゃあ分かるだろう。ソフィーをこんな状態にさせるのも、彼女を城下町のイベントに誘いそうなのもフィリップである。
「行ったらいいんじゃない? 行きたいんでしょ」
「殿下の護衛は影ながらついてるとは思うけどね」
ソフィーはあうあうと口をはくはくさせている。
「マリエラちゃんフィリップ殿下と仲良いの? ……そういや殿下は婚約者って」
「殿下の婚約者は誰も内定していないから大丈夫。何も問題ないわリド先輩」
降星祭とは、一年で一番綺麗に星が見える九ノ月の十日のことだ。城下町には屋台が並び、人々で賑わう。夜八時を過ぎれば大きな灯りを消し、蝋燭やランタンのみを灯す。大切に想っている人に花を渡す風習もあり、恋の駆け引きの日であったりもする。
「マリエラ様とヴァン様も行きませんか?」
すがるように言うソフィーに、マリエラとヴァンは声をそろえて「行かない」と言った。
そうして降星祭の夜。寮の最終門限である二十二時ギリギリにソフィーは帰ってきた。手には常緑樹の葉や赤い実、木の実などを束ねた小さなブーケ――古くから魔除けとして親しまれている組み合わせだ――を持っている。
「おかえりソフィーさん。デートはどうだった?」
「ただいまです。マリエラ様、あのね、わたし……」
フィリップ殿下のこと、好きになってしまったみたいです。
か細い声でソフィーは言い、マリエラに抱きついてきた。そんなに恐れることはないのよと、マリエラは彼女をぎゅっと抱きしめた。
ソフィーはきっとフィリップルートを進む。敗北ENDには一番なりにくいルートだが、メリバENDにはなりやすい。
もしメリバENDに進んでしまうようなら、マリエラはアカデミー卒業と同時に国外脱出をキメる。用意周到に計画を立てるので、多分大丈夫だ。
絶対に、二人が死んでしまう敗北ENDは回避する。
絶対に、絶対にだ。
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