第16話 二年生、マリエラの受難はなくならない(1)

 アカデミーに入学してから一年が巡り、また一ノ月がやってきた。

 マリエラたちは二年生に進級した。となればクラス分けである。


「やったあああああ! マリエラ様と一緒ですううう!」

「良かったわ。これからもよろしくねソフィーさん」

「はい! でもフィリップ様やヴァン様とは離れちゃいましたね」

「そうみたいね。ロイ様やオースティン様もいないみたいだし、ほか、B組で知ってそうな人は……ダニエル様がいるわ」

「実践魔法でべらぼうに強い人ですよね? マリエラ様もご存じなんですね」

「ええ、入学前に御前試合で戦っているのを見たことがあります。そういうソフィーさんも知っているのですね?」

「座学の必修科目がほぼ一緒なんです。同じ平民出身の奨学生なので話もしやすくって。すごくいい人ですよ!」


 熱心に語る様子に、ダニエルルートに入ったのだろうかと思案する。彼の場合は平和なフレンドENDになりやすいのだ。

 二年B組の教室に向かい、マリエラとソフィーはこれまで通り隣同士で座った。少しして、その前の席に座ったのはダニエル・カーターである。やはり攻略対象はヒロインの周りに集まるのだろう。

 ソフィーがダニエルの背をトントンとつついた。


「ダニエルさん、同じクラスになりましたね。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく~! ソフィーさんと一緒なの嬉しいよ。今年もお互い頑張ろうね」

 この二人、すでに幼馴染みのような雰囲気があった。

「そしてね、こちらマリエラ様」

 ダニエルはマリエラと目が合うと、はっとして姿勢を正した。緊張している。


「ソフィーさんからよく話を聞いております。これから一年、どうかよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします。ダニエル様はもう魔法軍の入隊が決まっているのですよね? すごいです」

「様付けなんてやめてください。入隊のことは、皆よりも少し早く進路が決まっただけです。そんなにすごくはないですよ」

「あら、謙遜しなくても。のちの将軍候補に期待されていると聞きました。それに、そんなに畏まらなくて結構です。ここはアカデミーで、私もあなたも生徒です」

「でも」

「どうかよろしく、ダニエルさん」


 隣でソフィーが二度ほど強く頷いてくれ、ダニエルは躊躇いながら頷いた。

 話すたびにガチガチに畏まられるとマリエラもやりにくいし、ダニエルも疲れるだろう。それに彼とは親交を深めておきたい。《災厄》と戦うときに仲間としていてくれたら、彼はとても心強い存在だ。戦闘力はヴァンをのぞくと彼が飛び抜けている。

 彼は草加部籐子のお気に入りキャラクターであった。優しくていつも明るく朗らかなところと、戦闘になると狂戦士のようになるギャップがたまらなかったようだ。

 マリエラもダニエルのことは個人的に好きである。

人の良さそうなところがソフィーと似ているのだ。




 もうすぐ十七歳を迎えるマリエラたちにやってくるもの。それは第一次結婚ラッシュである。

特に貴族は多く、学生結婚も珍しくない。十五、十六で婚約を決めた者たちが、逢瀬や両家挨拶を重ね、問題なければ式の準備をして挙げるのがこの頃なのだ。

 マリエラの机の上には三ヶ月先、半年先の招待状が三つある。今日学内で貰ったものと、寮に封書で届いたものだ。どれも貴族の家紋の封蝋が押してある。


「マリエラ様ももらいました? 私も幼馴染みから手紙が届きました。二ヶ月後に式を挙げるって」

「ソフィーさんも? やっぱりこの時期って多くなるのね」

「マリエラ様は、結婚とかもう考えてます?」

 ソフィーはベッドに座って手紙を開いていた。何だか物憂げな表情である。

「いいえ、全く。今は学業に専念したいですし」

 破滅ルート回避のため、結婚だの何だのそれどころではない。


「私もです。……その、マリエラ様の婚約者が決まってないことが疑問だと、風の噂で聞いたことがありまして。詮索するみたいでごめんなさい」

「そんなのいいわよ別に。噂ならもう一つ聞かなかった? フィリップ殿下の六番目の婚約者候補だって。積極的に私へ縁談が舞い込んでこない理由の一つがそれよ」

 ソフィーは分かりやすく目を見張った。初耳らしい。

「勝手に囁かれてる噂よ。他の婚約者候補も、外野がそうやって判断して、娘に王妃教育を施してるってだけ。そのなかから妃が選ばれるという約束も何もないわ」


 ソフィーの目が不自然に泳いだ。

 それからヘタクソな笑顔を浮かべ、「そうですよね」とだけ言った。

 ソフィーの様子が少しおかしいのは、幼馴染みの結婚報告か、結婚が現実的な問題になってきたことへの不安や当惑か、フィリップのことが原因なのか。

 マリエラには分からない。

 天真爛漫なソフィーが、まだ夜が明けない湖畔のような、静かでひっそりとした蔭を背負っている。

 いつか話したくなったときに頼りにされればいいなとマリエラは願った。




 マガク部には新入生が入ってこなかった。というのも、マリエラたちのように数週および数ヶ月経ってから部室をノックする生徒が多いらしい。オースティンは入学三日後で入部したらしいが、自分の事業に役立てようという明確な目的があったからである。

 マリエラは去年から引き続き、毒探知の魔法具開発を続けている。あともう少しで試作できるところまできた。


「マリエラさま今日も頑張ってるねぇ。兎ちゃんは?」

 部室にやってきたオースティンがマリエラの向かいに座った。魔法式を描き、頭を唸らせながら計算しているマリエラの手元を覗き込む。マリエラは顔を上げずに返した。

「ソフィーさんなら六限目まであるみたいよ。今期は水曜日の部活に来れなさそう」

「寂しいねぇ。そういやマリエラ様はぁ、そろそろ婚約者とか決めないの?」

「全く予定にないわ。そういうオースティン様は? あなたは山ほどの縁談が持ち寄られるのではなくて?」

「まだまだ全然そんな気分じゃないからパスしてる。マリエラ様くらいになると候補者くらい噂されそうなのに、それも全然ないってことは、あっちの噂がマジってこと? 王妃になるかもってゆー」


 オースティンの場合、興味本位で聞いているのか、商人の立場で情報収集しているのか、どっちかだ。噂話に関して長けているので、婚約者の噂が全くないというのは本当だろう。


「王妃になるかもっていう噂の方がデマだわ。でも私の場合、候補者の噂すらないのね。ふうん……。そうだわ、オースティン様に聞きたいことがあったのよ」

「なになに? 女王様のお役に立てれるのであれば何とでも?」

「あなたの出身であるドーロワール国って、移民も歓迎しているわよね。専門スキルも必要だけど、実際のところどうなの? 移住してもそこそこやっていけるのかしら」

「……え。なに、突然そんなこと」

「制度については調べたのよ。例えば、もし私があなたの国に移住したらそこそこ食っていけるかしら。移民への風当たりとかあるの? 本当のことを教えて欲しいの」


 オースティンはしかめっ面をして首をひねる。


「なに、マリエラ様のおうち、没落する予定でもあんの? いやいやシュベルト公爵家はないな……だとしたら……マリエラ様が国外逃亡しなきゃならないことでもあんの?」

「ないわ」

 今のところは。


「んー……そうだなぁ。マリエラ様って優秀じゃん。アカデミー卒業して、その魔法技術を生かして職を探せば引く手あまただと思うよ。移民の風当たりは多分職種による。魔法界隈なら殆どないだろうね。商売方面だと種類によるし、低賃金単純労働になればなるほど差別はあるかもね。仕事の取り合いだからさ、多分どこの国でも」

「そうなのね。行くならドーロワールにしようかしら。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 オースティンは商人用の笑顔を一瞬つくったあと、深刻な顔をして身を寄せてきた。


「ねぇ、一体どうしたのマリエラ様。制度は調べた、っていうのも引っかかってんだよオレ」

 損得抜きに、学友として心配してくれているようだ。

「ありがとうオースティン様。でも大したことではないの。何かあった場合、国外に出られる準備はしておいた方がいいじゃない。有事のときの備えと言いますか。大陸中に名を馳せるギャラン商会も、リスク回避はしているでしょう?」

「まぁ、確かにそうだけど。この国の貴族令嬢って皆こうなの?」

「どうかしら。分かりかねます」

 たぶん、あまりしていないと思う。

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