義妹との買い物はデートになるか

「おーい、純兄!」


校舎の方から、大きく手を振りながら近づいてくるランドセルを背負った少女が一人。

香澄は校門に背中を預けて休んでいた俺の下まで近づくと、それはもう良い笑顔で俺の腕を掴んだ。


「ふふーん。逃がさないからね?」

「(今日は何を買うにしてもびた一文)払わないけどね?」

「えー」

「えー、じゃない。ほら、店とやらは何処なんだ?」

「こっちこっち」


香澄に引っ張られるようにして歩く。他の下校中の小学生たちがひそひそと(と言ってもそこそこ大きな声で)香澄ちゃん彼氏と一緒に歩いてる!?とか色々話すのを聞きながら、だが香澄本人が特に気にも留めていないので、俺も敢えて反応するような真似はしていない。

俺の方から少しでも気になっている素振りを見せたら、鬼の首を取ったように小馬鹿にされるに決まっているからだ。香澄に。


……しっかし、完全にルートを外れた朱音はともかく、まだ特に大きな変化が無いはずの香澄との間に予期せぬデートイベントが発生するとは。


勉強を教える、とか日常生活の延長に過ぎない物はストーリーとして描写されていないだけで普段からあったのかなとは思えたが、流石にデートとなれば描写があって然るべきだと思う。

これは俺が愛島純也に混ざったが故の変化……とかなんとか考えてしまうが、結局のところ確かめようがないしどうしようも無いんだけど。


「近く、っていうには随分歩いてると思うんだけど」

「大丈夫、もうすぐ……ほら、アレだよアレ!」

「あー、複合商業施設の類か」


面倒くさい言い方に香澄が不思議そうな顔を見せるが、俺としては目の前の施設が今まで見たことも聞いたことも無い謎の施設なので、こういう言い方しか出来なかった。

というかあの小学校、徒歩十五分圏内が繁華街なのか。


「因みに何を買う予定なんだ?」

「特に決めてないよ?」

「え?じゃあなんで俺を連れて来たんだよ」

「どんなのが売ってるかわからないから、一応」

「ATM扱いか!」


どうやら俺は、万が一欲しい物が多くて所持金が不足してしまった時の為の予備財布扱いらしい。

いや、特に決めていないの返答があった時点で察してはいたけど。いたけども。


俺の叫びを無視して腕を引っ張り、店まで連れて行く。

全く悪びれる様子の無い彼女は、悪戯っぽく笑いながら、こう付け足した。


「でも、純兄とデートしたいって気持ちも、実はあったりするんだよ?」


その言葉がどこまで本気なのかは、生憎俺にはわからなかったが。


※―――


香澄とのデート(?)は、今の所思いのほか悪くない。

何故なら彼女は建物に入ってから一時間ちょっと経った現在でも、あまり琴線に触れるような商品と出会えていないから。まだ俺の財布の中身が、一円も減っていないからである。


香澄の方も、買いたいと思うような物が無いからと言って特につまらなそうにする事も無く、それなりに俺とのデート(?)を楽しんでいる。

わざと密着するような動きを見せ、それをネタに揶揄ってみたりと、香澄らしさも絶好調だ。


「あー、これ可愛いー!」

「……カエルか?これ」

「なんでもいいじゃん、可愛いんだから」

「モデルになった動物の正体どころか使用用途すらわからないけどな」

「あれっ?純也?」


独特な雰囲気の店の前で並べられている謎の商品について話をしていると、背後から声をかけられる。

香澄と同時に振り向くと、そこには声で察していた通り、朱音が居た。


……なるほど、部活を辞めて自由時間が増えたからか。


「よっ。買い物か?」

「うん。ちょっと欲しい物があって……純也は?」

「見ての通り。妹のお財布役を命令されてな」

「別に命令したつもりは無いけどー?」

「財布の所は否定しねぇのかよ!」

「あははっ。なんだ、そういうこと」


どこか安堵したような笑みを浮かべ、こちらへ一歩近付いてくる。

そんな朱音を香澄はやや警戒するような目で見つつ、口を開いた。


「初め、まして?」

「うん。こうして会って話すのは初めてだね。私は立花朱音。よろしくね」

「立花朱音………私は愛島香澄って言います。えっと……よろしく、お願いします」


どこかぎこちない様子で挨拶する香澄を、俺はこっそりと笑う。

同年代や年下、家族に対しては普通に話せるものの、年上相手だと萎縮するというかなんというか。

香澄は結構な内弁慶……いや、厳密にはそれであっているのか怪しいが、ともかく人によって態度が大きく変わるタイプなのだ。


普段は俺の前でこんな姿は見せない分、新鮮で面白い。


ってかこの二人、初対面だったのか。

発言から察するに、俺から話自体は聞いていたけど実際に会った事はなかった、って感じか?


「ねぇ、せっかくだし私も一緒に買い物して良い?」

「え、お前も金欠かよ」

「もぉ、違うよ。一人で買い物ってのも悪く無いけど、人がいた方が楽しいってだけ」

「気持ちはわかるし、俺は別に良いけど……」


香澄へ視線を向ける。人見知りのコイツは、それはもう可哀想なくらい縮こまっていた。

さっきは面白がったが、ここまで緊張している所を見せられると申し訳なくなって来る。


……仕方ない。朱音には悪いが……。


朱音に一歩近づき、香澄に聞こえないように耳打ちする。


「悪ぃ、見ての通りコイツ、人見知り酷くってさ。緊張して楽しめなくなっちまうだろうし、今日はちょっと……」

「……うん、そうだね。わかった」


少し寂しそうな顔を見せつつも、頷く。

なんだか今度はこっちに申し訳なくなって来たが、じゃあやっぱり一緒にとは行くまい。


「あー、そうだ。代わりにってわけじゃないけど、今度一緒に買い物行こうぜ」

「ほんと!?」

「おう。どうせ(バイトある日以外は)暇だし」

「えへへっ。じゃあ、私はさっさと買い物済ませて来る!まったねー!」

「走ると危ないぞー……聞いてねぇか」


喜色満面走り去って行く朱音を見送り、ため息一つ。

知識として、彼女が既に俺に好意を寄せているのは知っている。だからこそこういう手段でご機嫌取りというか、埋め合わせができるわけだが、なんだか悪い男になった気分だ。


「……良かったの?」

「ん?何が?」

「あの人と一緒じゃ無くて」

「いや別日に行くけどね?……まぁ、お前が嬉しく無いだろうと思ってな」


寝取られ回避。俺の悲願はそこにある。

まだヒロインを決める段階にすら至っていないが、だからと言って愛想尽かされるような行動を連発して始まる前に終わるなんて事になろう物なら死んでも死にきれない。


香澄もヒロインの一人だし、なんならコイツを足がかりにして他ヒロインまで竿役の餌食になる可能性だってある。

目に見えて嫌がりそうな事をわざわざやってやる理由は無いな。


それに。


「それに……、だもんな?」


ちょっと気取った感じに笑ってみる。

確かに恋愛感情は(現状)無い。血の繋がりが無いとは言え家族だ。


だけど、多分コレもデートなんだろう。

何より俺も、満更でもないしな。なーんて。


香澄は目を大きく開いて俺を見つめ、数秒沈黙してから顔を逸らし、いつものような口調に戻って笑った。


「ぷっ、あはははっ。純兄キザすぎ!私じゃ無かったらドン引きだよ?」

「ま、ちょっと気取ったかな。でも意外とイケてただろ?」

「無理無理。純兄みたいなそこそこ男子がやってもキツイよ〜?」

「酷ぇな」

「……うん。キツイよ?だから……」


一度言葉を切り、ゆっくりとこちらに視線を向けて来る。

微かに見えたその顔は、とても嬉しそうな、幸せそうな顔をしていて。


「私以外に、やっちゃダメだからね?」


耳まで真っ赤に染めながら、笑みを見せる。

いつもの悪戯っぽい物では無く、柔らかな笑みを。


………小学生の出して良い色気じゃねぇだろ、マジで。


※―――


結局、俺の財布が軽くなるような事は無かった。というか香澄が今すぐ買いたいと思うような物が無かった。

一緒に放課後の時間を過ごしただけ、という事だ。コレもまた青春だな。相手妹だけど。


「朱音の埋め合わせは再来週の日曜日、か」


メッセージアプリの画面を見つつ、予定帳にしっかり記録する。

前世と違い、用事が多い。仕事では無く人と……それも、とびっきりの美人と会う用事だ。信じられないくらい幸運に思えるが、同時に信じられないくらい不幸である。


だって何も考えずにいたら寝取られが始まるんだもん。俺寝取られ趣味ねぇもん。


「今日は香澄、三日後には真尋、んでもって真尋の一週間後に朱音……真っ当な恋愛ゲーなら刺されてんな俺」


しかもこのどれもがゲームには無かったイベント。何が起こるかわからない以上、いつも以上に気を引き締めて臨む必要がある。


……あぁ、それと今週は多分、ゲームでもあったイベントが発生するかもしれない。

それというのが、参加表明をして打ち上げのシーンまでは説明したものの、いざ始まってみれば思った以上に何事も無かった為に説明を放置されていた校内清掃ボランティアで発生するイベントである。


詳しい話は当日するが、コレは比較的回避が容易なのであまり気張らず、むしろ空回りしないように気を付けて行けば良い。


「そのイベントで真尋と由希亜はしばらく安心……だな」


問題は母さんと美月姉だ。俺が純也になってしばらく経つが、驚くほど関連イベントが発生していない。つまりは好感度が稼げていないのだ。

そもそもあの二人の好感度を稼ぐのが至難の業というのもあるが、それにしても関わらなさすぎだ。日常会話とかそこら辺しかしていない。


しばらくは二人と関係をもう少し深める事を目標に頑張るとするか。

とはいえ今以上に仲良くとなると結構な壁があるだろうし、本気で惚れさせるくらいの心構えで居ないとな。実際誰をヒロインとするかは別として。


「……寝るか」


大きく伸びをして、そのままベッドへ直行。

時計を見ると、今までの俺や純也ならまだ起きていた時間よりも大分早い。

それでもこの眠気という事は、相当疲れがたまっているのだろう。


横たわり、瞼を閉じてから三分とかからず、俺の意識は沈んでいくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寝取られゲーの主人公に転生したので、寝取られ展開全てをねじ伏せてトゥルーエンド目指します マニアック性癖図書館 @kamenraita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ