秤位遊戯、開幕
一通りの挨拶周りが終わったあと、カルラとサクは再び会場の隅に戻っていた。
「お嬢、お嬢」
「ふぐっ?」
カルラの手には、サクがよそってきた料理。
そして、カルラはそれを美味しそうに頬張っている。
話しかけたタイミングが悪かったな、と。サクは頭を掻いた。
「どうしたの、サクくん?」
頬張った料理を飲み込むと、カルラはサクに顔を向ける。
食べ残しが顔についていたので、すぐさま拭ってあげたサクは執事というよりもお母さんだ。
「いや、本当に大したことじゃないんですけど」
「うんうん」
「どうやったら、お嬢に言い寄って来る輩を始末できるかなと」
「大したことじゃないけど、かなり物騒な質問だね」
カルラという少女は、筆舌尽くしがたいほど美しく可愛らしい。
爵位は子爵ではあるが剣の腕前は他貴族も周知しており、腕前と容姿も合わさることで多くの貴族から声をかけられる状況になってしまうのだ。
その話は主に―――婚約である。
「俺は、お嬢が言い寄られて婚約を申し込む姿を黙って唇を噛み締めながら見守るのが辛いんです」
「う、うん……でも、ちゃんと断ってるじゃん。私、基本的に恋愛結婚しかするつもりなんてないし」
「その発言はおかしいですね……恋愛結婚をするというのであれば、俺との結婚はもうすで済んでいるはず―――」
「あ、サクくん飲み物なくなっちゃった」
「……うっす」
普通にスルーされてしまったことにより、サクは肩を落として飲み物を取りにテーブルへと向かった。
(恋愛って……難しい)
正直、サクは舐めていた―――カルラという少女が、貴族界隈でどれほど人気なのかを。
今日だけで、両手では圧倒的に足りなくなってしまうほどの人数がカルラに婚約を申し込んでいた。
カルラが言っていたように、全ての話を断ってはいるのだが……いかんせん、想い人が婚約を申し込まれている姿はサクにとってキツイものがある。
(はぁ……今日のダンス、誰と踊るんだろ?)
まだまだ不安と嫉妬の絶えないサクは飲み物を取ると、そのままカルラのところに戻った。
「そろそろだね、サクくん」
サクから飲み物を受け取ったカルラは、不意にその表情に緊張を滲ませる。
「確か、一般的なパーティーではこのあと主催者が入場して余興、一時の歓談が設けられて最後にダンス……でしたっけ?」
「そうそう。歓談は今みたいに顔合わせとか挨拶とか、滅多に合わない貴族との交流を作る時間だね。それで、余興っていうのが———」
「
カルラが重たい様子で首を縦に振る。
「そういえば、お嬢達が『決闘』をするって他の貴族達は知ってるんですかね?」
「ううん、基本的には知られてないはずだよ。何せ、そんなことをしたら平等性に欠けるから───それは『天秤』によって規制されてる。もし言っちゃったら、『決闘』はなかったことになるね」
『天秤』とは、ソフィアが『決闘』を口にした時に出てきたものだろうか?
本当に、色々と便利なものなのだなと、サクは思う。
「まぁ、流石にお父さんとかは知ってるし、言ってるけど」
「その割には、当主でもなんでもないただの執事である俺は知ってるんですが?」
「ソフィアちゃんはサクくんが参加する前提で『決闘』を挑んできたからね。あの場でサクくんに席を外させず申し込んできたっていうのはそういうことだと思う。それに『決闘』を宣言する時にサクくんの名前が入ってたし」
「ふぅ~ん……」
そういうところはしっかりと理解して読み取れるのに、どうしてソフィアに引っ掛かってしまったのか? ふと不思議に思ったサクであった。
「ちなみに、他の参加者が勝った場合は『決闘』ってどうなるんです?」
「無効だね。だって『決闘』はどちらかが勝たなきゃいけないんだもん」
カルラの言葉を聞いて、あらかたの疑問が解消されたサク。
そして───
「頑張らないと……絶対に」
ボソッと、カルラの口からそんな言葉が漏れてしまう。
サクはカルラほどの緊張感はない。単純に当事者ではないというのも大きいが、ソフィアの実力をまだ実際に見たことがないからだ。
(お嬢は頭脳戦が得意じゃないっていうのは分かってる……だからまぁ、俺はサポートに徹する感じでよさそうかな)
とはいえ、カルラに好かれるためにとやる気はあるし、カルラと離れたくないという思いもある。
負けるつもりなど、毛頭ない。
そして———
『ソフィア・カラー様のご入場です!』
会場に声が響き渡り、ざわめきが一瞬にして消えると、勢いよく会場の扉が開かれた。
現れたのは一人の少女。夜空の如く暗く輝いたドレスに身を包み、シャンデリアに艶やかな銀髪が輝く。
通り過ぎるだけで、男性女性問わず多くの貴族が目を奪われ、先を歩く少女を目で追ってしまった。
「美しい」という言葉の注目を浴びながら、ゆっくりとした足取りで会場を横断していく。
その最中、少女―――ソフィアの顔が会場の隅にいるカルラとサクに向けられた。
「ッ!?」
その顔には笑みが浮かんでいる。
友人であるカルラを見つけて嬉しかったのか、はたまた上手く嵌められたことに喜んでいるのか、それとも―――余裕なのか。
カルラの顔が、一瞬だけこわばった。
視線を外し、会場を横断し終わったソフィアは会場の壇上へと上がると、そのまま一歩前に出た。
『本日は、私の生誕パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます』
静寂の中、ソフィアの声だけが会場に響く。
『ご挨拶させていただきます―――カラー侯爵家息女、ソフィア・カラーでございます。この度、私のような若輩者のために多くの方々が集まっていただけたこと、驚くのと同時にとても嬉しく思います』
さて、と。
『せっかくのパーティーです。楽しんでいただけるよう、堅苦しい挨拶はここまでにいたしましょう。では、お集まりの皆様……親睦を深めるためにも、早速ではございますが———一つ、余興を始めましょう』
ソフィアがそう口にすると、会場全体が一気にざわめき始めた。
『おぉ! ついに始まるのか!』
『私、ソフィア様が主催するゲームを大変楽しみにしておりましたの』
『流石は才女と呼ばれるお方というべきか、ソフィア様が主催するゲームは他のゲームと一味違いますからな』
周囲の貴族達は待ち遠しいと、口々に言っている。
皆の頭にはあくまで余興———遊びという認識でしかない。
それもそうだ、
しかし、
「サクくん……」
周囲の貴族に反し、カルラは不安と緊張を滲ませながらサクの燕尾服の袖を摘む。
サクは安心感を与えたいのか、そっとカルラの手を握るのであった。
しかし───
(さて、初めての
サクの顔に笑みが浮かぶ。
それは酷く、獰猛であった。
(まぁ、お嬢と結婚するためだ―――ソフィア・カラー、踏み台にさせてもらうぞ)
『
使用人の一人がソフィアに近づくと、一つの小さな箱を手渡した。
茶色く、薄く濁った古さを感じさせる。ソフィアは受け取ると、箱を上空に放り投げた。
すると箱から光が零れ始め、シャンデリアよりも煌びやかな光がゆっくりと会場全体を覆っていった。
『それでは、皆様を
やがて、サクの視界が真っ白に塗り潰され―――
『さぁ、皆様―――私と、遊びましょう?』
世界が、暗転した。
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