第44話 コスプレ少女

「えへ、えへへ……っ」

「…………」

 隣では奇妙な笑みを浮かべながら、蓮人の肩に頬を擦りつけてくる玲華。

「お、おい、いい加減にしろよ……っ」

 蓮人は少々嫌がりながら、玲華と距離を取って家へと歩く。

「あー、もう……蓮人ってば、そんなに嫌なの?」

「ぐ……っ」

 歩みを止め、こちらを涙ぐんだ目で見てきた。

「ち、違がうんだ。ただ……他の人に見られたら恥ずかしいから」

 そんな顔を見てしまうと心が締め付けられてしまう。蓮人はそっぽを向きながらそう言った。

「嫌じゃないなら、良いんだけど……」

 そう言って、そちらもそっぽを向きながらくっついてきた。

「…………はぁ」

 頼むから誰かとすれ違わないように、と祈る蓮人だった。


「た、ただいま……」

「おかえりーん、蓮人くんっ」

「…………は?」

 家に帰宅すると、案の定フェアリーが出迎えてくれた……のは良いのだが。

「お前……なんだ、その恰好」

「あ、えへへ。どう、かな?」

「…………口調も変わってる」

 そこで蓮人が目にしたのは、なぜか高校の制服の上にメイドのコスプレをしたフェアリーが、頭上で両手を猫の手にして腰を振っていた。そして、口調が今までの敬語から、もっと砕けたような、子供っぽい口調になっていた。

「あ、ええと……感想、言ってほしいな」

 そんな姿を、隅から隅まで観察していると、フェアリーの顔がどんどん真っ赤になってきた。

「~~~!や、やっぱり、恥ずかしいです……ッ!み、見なかったことにしてください!!」

「あ、え……?」

 トマトみたいに真っ赤な顔になったフェアリーは、メイドの服を脱ぎ捨てると顔を覆い二階へと走り去ってしまった。

「はぁ……ダメね」

 すると、その様子を見ていたらしいピジーがリビングの方から出てきた。

「ピジー……どういうことだ?」

「今の?まぁ、ちょっとした練習だよ」

 そう言いながら、脱ぎ捨てられたメイドコスを回収する。

「練習……?」

「男子と、仲良くなる練習ね」

「……どうしてそんなこと」

「そうねぇ、彼氏とか?」

「彼氏!?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるピジーに、蓮人は驚愕の顔を表した。

「ぷぷっ、冗談。……フェアリーがどう考えてるか知らないけど」

 リビングに戻る際、ちらっとこちらを見て戻っていった。


 今日の夕食は、カレーと昨日の余り物で作ったサラダやら。

 「なぁ、フェアリー」

 夕食が始まってから数十分後。本来であれば会話がある中食事をするのだが、今日に至っては何も会話がなかった。そこで、蓮人が先陣を切って口を開いた。

「にゃ、なななななんでしょう!?」

「えーと……」

 どうしてそこまで驚く必要があるのだろう。ただ声をかけただけなのだが……。

 対面に座わっているピジーが、なぜかクスクスと笑っている。

「その……帰ってきたとき——」

「!あ、ええと、明日私暇なんですよ!だから、だから……蓮人さんが良ければ、どこか遊びに行きたいなーって思ってたんです!どうでしょう!?」

「え……?ま、まあ、明日は別に何もないからいいけど……?」

 話題を変えられた気がする。

 ピジーに視線をやると、「こりゃダメだ」みたいに首を軽く横に振りながらため息をついていた。

「フェアリー、それよりも聞かなきゃいけないこと、あるんじゃないの?」

「え?そんなの無いと思うけどなー、あはははー……」

「いいから、聞きなさい」

「…………う」

 頭をガシッと掴まれ、強制的に蓮人の方を向かせる。

「…………帰ってきたときの、アレはなんだったんだ?」

 蓮人がそう言うと、フェアリーの顔から冷や汗が出ているのが見えた。

 別に責めているわけではないが……。

「え、いや、あの、アレはですねぇ……。はぁ、分かりましたよ。正直に言いますよ……」

 と、観念した様子で一度深いため息をついた。

「アレは、蓮人さんに喜んでもらいたかったからです。私ができることとしては、家事の手伝いくらいですし……それに、ピジーみたいに能力を使って蓮人さんを助けるなんて、できない。だから、他にもっと喜んでくれるものは無いかなってネットを検索したら、これが出てきたんです」

 そう言って、どこから取り出しのか分からないが、右手にはあの時のメイドコスが握られていた。

「えっと、別にそこまで気を使わなくてもいいんだけどなぁ。家事を手伝ってくれるだけで、俺はめっちゃ嬉しいんだよ」

「で、でも……毎日同じことしかしてないから……」

「逆に、毎日新しいことをするのが大変だと思うよ。確かに、変化は大事だ。だけど、それを普段からやっちゃうと、自分は何をしたらいいのか分からなくなる時がある。変化はたまに起こすから刺激があって、新しい世界が見えてくる。まぁ、新しいことをしようっていう意識はそこまで必要ではないと俺は思うよ」

「……………」

「蓮人のくせにいいこと言うじゃん」

「くせにってなんだよ」

 今自分は良いことを言ったように感じていたが、ピジーの発言で撤回されてしまった。

「とりあえず、そうだなぁ。フェアリーのメイドコス、めっちゃ似合ってたよ」

「え……っ?」

「かわいかった」

「…………!」

 蓮人が何気なくそう言うと、フェアリーの表情が一気に明るくなった。それと同時に、恥ずかしさもこみ上げてきた。

「ほ、ほら、早くご飯食べましょう!冷めますよ」

「そうだな」

「……ふふっ」

 


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