第38話 アイリス

「あなたが死んだこと、知ってるから」


「ははっ……あははっ!」

 蓮人とピジーの二人と別れて、一人日が傾き始めた道を歩きながら、紫原澪はおかしくてたまらなかった。

「ピジーがいるなんて、想定外だったなー。ここで学校生活を終わらせるなんてもったいないよねー」

 自分に言い聞かせるように言い、スキップしながら歩く。

「……楽しみは、最後にとっておかないと」

 と——軽快なステップで歩いていた澪は、不意にドン、と何かにぶつかってしまった。

「おっとと——」

 倒れないようにその場に踏みとどまり、そちらを見る。

「お——っ?」

 そこにいたのは、黒い何かだった。

 それが、三体。

 こちらに気づいたのか、急に襲い掛かってきた。

「わ——急になんだよ。そんなに腹ペコなの?」

 別な言い方をするならば、<ベスティア>。

 そいつらは、鋭い歯をむき出しにし、すぐにでも飛びかかって来そうな雰囲気を醸し出していた。

 だが、そんな奴らに微動だにせず、その場で立ち止まっている澪。

「早いけど——やろうかな」

 そのうちの一体が、澪に飛びかかろうとした瞬間——段々と下に下がっていった。

「所詮、獣だから私には合わないけどね」

 真っ黒い穴のようなものがそいつらの下に現れ、見る見るうちに吸い込まれていってしまった。

「ま、前菜といったところだね」

 気が付けば、もう黒い怪物はいなくなっていた。

「……だれ?」

 澪は、誰かに見られているような感覚に、眉をぴくりと動かした。

 あたりを見回すと——風になびいた、金色こんじきの髪が視界に入る。

「……なに、してたの?」

 率直な疑問だった。

 今、自分がしていたことが、この少女に見られていたという事かもしれない。

「ただの掃除ですよ。……というより、あなたは?」

「リリー・グレイ。蓮人くんと同じクラス」

「あぁ。一度見たことあるなと思ったら、あなたか。私は紫原澪」

 さっきまでの行動をかき消すかのように、自然な感じで自己紹介をする。

「ははっ。あなた、<ブロッサム>でしょ?」

 少し可笑しそうに笑いながらリリーを指さしそう言う澪。

「ど、どうしてそれを……」

 少しびっくりした様子でそう訊く。

「私も、そうだから」

「………!」

 リリーが目を丸くする。

「リリー・グレイね。憶えておくよ」

 満面の笑みでそう言い、再び歩き出した。

「紫原澪、か……嫌な感じがする」

 後ろ姿を目で追いながら、そう呟きつつ肌の表面がちりつく感じがした。



 

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