人間臭い奴

そうざ

Human-like Weapon

 絨毯爆撃カーペットボミングの嵐が去った。

 一先ずは安心か――いや、俺にはもう安心の瞬間はない。北部戦線の激戦地で瀕死の重傷を負った俺は、既に生きるしかばねだった。

 生き残った者は皆無だろう。司令部も既に全滅と認識したかも知れない。そうなると、救助は期待出来ない。万が一助かっても、もう兵士としての再起は叶わないだろう。

 傍らに控える重火器装備型汎用戦重機KY―MAXは、派手に煤けてはいるが駆動に問題はないようだ。

 俺は息絶え絶えに言った。

「もう動けない……お前だけでも撤退、しろ……」

 負け戦は確定したも同然だ。それは開戦前から誰もが薄々気が付いていた事ではなかったのか。兎に角、KY―MAXだけでも新たな戦線への投入に備えさせるのが、この状況で考え得る最も合理的な判断というものだろう。

「撤退……いや、転進しろ……」

 KY―MAXは、微かな作動音を発するだけで次の行動に移る様子がない。

「どうした……しっかり状況判断しろ」

 俺が蚊の鳴くような声しか出せないものだから、音声認識が上手く行かないのか。モニターは『実行準備中』の文字を点滅させている。人間の命令に逆らえる筈のない存在が、あろう事か判断に窮している――ように見える。

 兵士の間でまことしやかに囁かれている噂があった。外見こそ無骨な金属の塊に過ぎないKY―MAXだが、その強化セラミック製の頭蓋に内包された電子脳髄は、限りなく人間に近似した感情を有しているという。

 どんなに訓練された兵士でも、極限状況となれば判断を誤り兼ねない。KY―MAXはあらゆる状況に於いて最適化された行動原理で作動するが、その論理演算に敢えて不確定要素かんじょうを組み込む事で、生身の兵士との連携を円滑にするよう、プログラミングされている――にわかには信じ難い話だ。

 何かしらの解答を導いたのか、KY―MAXがチタン製アームを伸ばし、俺の背中の下に差し入れた。俺を担ぎ上げようとしている。俺を前線基地まで搬送しながら転進するつもりなのか。

「ううっ……!」

 ほんの数ミリ動かされただけでも激痛が走る。無様な俺を見兼ねたのか、KY―MAXは再び『実行準備中』モードに戻った。火と、油と、同朋が腐って行く臭いしか記憶にない荒野で、兵器に人間臭さを嗅ぎ取る事になろうとは夢にも思わなかった。

「お前、煙草に火を点けられるか……?」

 これまで一度も命じた事のない指令ミッションだった。が、KY―MAXは間髪を入れず反応した。通常は敵機を掃討し、瓦礫を薙ぎ倒している奴が、俺の胸ポケットから器用に煙草を取り出し、道端の消し炭から火を取ると、俺の唇に静かに挟んだ。

 遠くから轟音が迫って来る。ご丁寧にとどめの空爆と洒落込んで来やがった。

 途端にKY―MAXが『臨戦態勢』モードに移行する。こいつ一機だけで大編隊相手に何が出来るのか。『犬死に』モードなど搭載されていないだろう。

 俺はKY―MAXあいぼうの生真面目さに呆れながら心を鬼にした。

「最新型のポンコツ野郎っ……もっと的確に判断しろっ……!」

 一瞬の沈黙、そしてKY―MAXは俺の認識票にスキャナーを宛てがった。内地に向けて戦死者の特定とその個人情報とを即時送信する為の措置だ。まだ息のある人間を前にしながら、来るべき未来を先取りした状況判断――機械として完璧だ。

 感心頻りの瞬間、俺の頭に素早くアームが振り下ろされた。

 ポンコツという言葉が癇に障ったのかも知れない。何はともあれ、最期に人間臭い奴と居られて良かった。

 暗くなる視界から煙草の火が消えた。

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人間臭い奴 そうざ @so-za

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