迷子の風船

竹部 月子

迷子の風船

 あれが圧迫面接というやつだったんだろうか。

 ショッピングモールを行き交う楽しそうな人たちを見ていたら、ショックで痺れていた頭がようやく動きはじめた。


 君が大学で学んで来たことなど、弊社の何の役にたつというのか。フランスに短期留学できたのは親が偉かったんでしょう。ボランティアねぇ、自己満足の極みだよ。


 じゃあ、たかが大学生の私に、何をアピールしろという時間だったのよと、今になれば悔しい。

 ただあの場では、頭が真っ白になって、涙声で「失礼しました」と退室してきてしまった。


 ふっと目の前に影が落ちた。

 顔を上げると、ウサギのきぐるみが私に向かって風船を差し出している。

 保険会社のロゴが、でかでかとプリントされた緑色の風船だ。

「……風船をもらうような年じゃないので」

 もちろん私は受け取らない。

「ハーイ、じゃあデスゲームの始まりだよ」とでも言いだしそうな、絶妙に怖い顔のきぐるみなのだ。

 

 手を出さない私の右手を取って、ウサギは無理やり風船のヒモを握らせてきた。

「何で私に……」

 保健になんか入るつもりはないよ、と思っていると、ウサギに似つかわしくない、低い声が降ってきた。


「だってお客さん、迷子みたいな顔してるから。あげる」

 

 なによそれ、と言い返しそうになって、ウサギの言葉は正解だと気づいた。

 私は今、社会の入り口で行き先を見失っている迷子だ。

 人手不足だから、新卒は引く手あまただなんて、誰に当てはまる話なんだろう。

 私の志望に応えてくれるのは、お祈りの声ばかりだ。


 風船はピンと天井に向かって、背筋を伸ばしている。あのくらいの高さから見下ろせれば、私の進むべき道も見えるだろうか。


「ウサギさん、迷子の案内はしてないんですか?」

 オジサンに就活生の案内は荷が重いなと、ウサギの中身は笑う。すっかりお見通しのようだった。

「サービスカウンターで、迷子の放送でもしてもらうか?」

 いえ、と言って私は立ち上がる。


 通路に広がって、大声で話しながら歩いてくるのは、さっきの面接官だ。就活生いじめの後は、楽しいランチタイムだろうか。

「……うっかり後ろで、風船を割ったりしたら、怒られますかね」

 私の目線の先を追ったウサギは、こちらに向き直ると大げさに肩をすくめて、ヤッチマイナとジェスチャーした。

「迷子の持つ風船には、よくあることよ」

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迷子の風船 竹部 月子 @tukiko-t

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