第18話

「その日、うちのポストに手紙が入っていたの」


 それは私が例の夢を見なくなってから2日後のことだった。


「いつも犬の散歩で早起きするのは私だから郵便受けの中身も確認するんだけれど、その日は新聞やチラシ以外に手紙が入っていたの」


 丁寧な字で書かれた宛名は「小松和沙」、つまり私の名前だった。差出人の名前を見たが知らない男だ。私はなんだか気持ち悪くて、中身を空けることもなくそのままゴミ箱に放り込んだ。

 しかしその3日後にも同じ差出人から例の手紙が届いた。土曜日の朝だというのになぜこんな気味の悪い手紙で気分を台無しにされなければならないのだろう、私は自分の机の上に突っ伏した。

 中身を見ていないことがばれた?もしかしたらこちらを逐一監視しているストーカーからかもしれない。そもそも手紙という行為自体が旧時代の遺物という感じがして、嫌でも中年以上の変質者を想像してしまう。しかし相手の真意を知るために、内容によってはすぐに警察に相談するために、意を決して封を開けた。


「手紙を読んだとき、背筋に冷たいものが走ったよ」


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小牧 和沙 様


はじめまして、大川吾郎と申します。


 まずは突然お手紙を差し上げてしまった非礼をお許しください。見知らぬ男からの手紙ということで、ご不安を感じられたかと思います。直接お声がけをすることも考えたのですが、齢40を超えた赤の他人である私が面識もない年頃の女性に接触を試みるというのは社会的に許される行為ではないですし、手紙以上にご心労をお掛けしてしまうのは明らかでした。ご迷惑なのは重々承知しておりますが、どうしてもお伝えしたいことがあり、このような形を取らせていただきました。


さて、本題に入らせて頂きます。


 小牧様は数日間にわたり奇妙な夢をご覧になられたのではないでしょうか。私もすべての内容を把握している訳ではないのですが、貴方が夢の中の無人の一軒家で人形を見たのはお間違いないかと思われます。


 私はその人形に関わる者です。その人形が写された写真も所持しており、私の話を信じてもらうためにも是非一度写真をご覧になっていただきたい。


 またこのようなことを書くのは心苦しいのですが、おそらく小牧様は危険な状態に置かれています。というのも貴方はこの人形に魅入られているからです。理由は分かりませんが、現在はあの夢から解放されたのではないでしょうか。しかし呪縛が解けたわけではないことをはっきりと申し伝えておきます。


 実は私の家族もこの市松人形に魅入られ姿を消しました。人形がなぜ貴方を魅入ったのかは不明ですが、もしかしたら貴方が私の身内に繋がるのではと考え、このお手紙を差し上げる次第となりました。もしよろしければ、下記の日時・場所で一度お顔合わせ頂けないでしょうか。


加賀谷市 好瓦よしがわら 12―23 加賀谷第二公園 水飲み場前のベンチ


7月19日 AM5:30


※1通目の手紙にも同様の旨を書きましたが、おでにならなかったため、ご迷惑かとは思いましたが再度お手紙を差し上げました。


 お手数をお掛け致しますが、何卒よろしくお願い申し上げます。


 大川吾郎


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「世の中には相手の生活を知る方法なんていくらでもあるかもしれない。今は指の先ほどのカメラや録音機だってあるわけだし。でも夢を盗み見る機械なんてSFの世界だよね」


 手紙には誰も知りえない夢の内容が書いてあった。まさか、あり得ない。動悸と耳鳴りと吐き気の三重苦が同時に来たため私はふらふらとベッドに倒れ込んでしまった。その場で卒倒しなかったのが不思議なくらいだ。


 小一時間ほどでようやく落ち着いてきた私は家族に相談することを真っ先に考えたが、警察沙汰になりこの大川という男が逮捕されれば真相を問い質すことができない。何よりこの一文が気になって仕方がなかった。


「おそらく小牧様は危険な状態に置かれています」


 この男は何かを知っている。そして今自分が置かれている状況を把握するにはこの男と会うしかないようだ。


「待ち合わせの日は昨日の日曜日だった。それで当日、いつもより早起きして指定通りの場所に向かったんだ。流石に一人では不安だったから、柴犬のムギも連れて行ったの。そして……公園で大川という男に会ったわ」

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