第3話 

「今日は悪いな。付き合ってもらって」


「全然。俺も悠雅の服装はちょっと心配だったからな」


「なっ……やっぱりそう思われてたのか……」


「いや、嘘だって。ちょっとからかっただけ」


 今週も学校が終わり金曜日の放課後、予定がないと言っていた拓実を誘って来たる土曜日、つまり明日しーたんに会う時の服装を考えてもらうことにした。


 今日の俺はジーパンに黒のパーカーというまぁ可もなく不可もなくといった服装だ。

 正直、ゲームばかりやってきた俺は服にこだわりもないしお金をかけることもなかった。


 けれど今、しーたんと会う直前になって見た目が気になってきたというわけだ。


「まぁ、無難な服装でいいと思うけどね〜」


 一度家に帰ってから俺たちがきたのは全国に展開しているファストファッションブランドだ。

 安くて流行にそった商品が置いてあり若者にも人気な店だ。


 俺は独り言のように呟いて先に入っていった拓実の服装を改めて見る。


 下には黒のスキニーを、上はシンプルなロゴの入った白いパーカーに黒いジャケットを羽織っている。


 拓実もすごいシンプルだけど、素材がいいからかこれだけでも十分かっこいいと思った。

 180を超える身長も相まって少し大人な雰囲気もある。


 俺はすぐに拓実の後追って店内に入った。


 メンズコーナーにいた拓実に追いつくとすでに服を選んでくれているところだった。


「とりあえず悠雅はどういう服装がいいの?」


「ん〜、どういうのがいいとかは決めてなかったけどとりあえずかっこいい感じ? ほら、おしゃれ素人って感じが出ないやつが……」


「ダメだこりゃ……」


「なんでがっかりしてんだよ!」


 なぜか拓実はパーカーを持ったまま肩を落としている。


 俺は今、がっかりさせるようなことを言っただろうか? 多分普通のことしか言ってない。


 だって誰だって好きな異性がいたらかっこよく、可愛く見られたいし、そうなるにはやっぱりちょっと手の込んでいる服とかの方がいいと思ったんだけど……。


「だって典型的なダサい服着る人の特徴じゃん」


 拓実はパーカーを戻しながら俺を呆れた目で見てきた。


「え……そうなの?」


「俺たちみたいなそこら辺の高校生がモデルみたいな服を着こなそうったって無理な話じゃん?」


「拓実なら行ける気がする……」


「それはそうだけど」


 何サラッと流しとんじゃごらぁ!

 まぁ事実なんだけど!


「それに金銭的にも厳しい。確かに安くても似たような服はいっぱいあるけど材質も違うし長持ちしない。だから、高校生は高校生らしくシンプルな方がいいんだ」


「なるほど……」


 確かにそうかもしれない。普段雑誌なんかは見ないけど、たまにチラッと見るテレビなんかではすごく高そうな服を着ている。


 あれを着こなせるのは、モデルの素材がいいのと表情や雰囲気の作り方が上手いからだ。


 そんな着こなし方を俺は知らない。だから俺みたいなやつが着てもきっとダサくなるだけで、急にそんな服装になっても背伸びしているようにしか見えないのだろう。


「俺の今日の服装だって普通だろ?」


「まぁ結構シンプルだよな」


 これは今日待ち合わせ場所で会った時から思っていたことだが、拓実はすごくシンプルだ。


 けれど、おしゃれに見えるしかっこよくも見える。


「でしょ。だから悠雅もシンプルでいいんだよ」


「そんなんでいいのか」


「彼女ちゃんが好きなのはゆーくん……じゃなくて悠雅であって」


 こいつサラッといじったな。


「悠雅の服装じゃないでしょ? だからとりあえずは間違えない服を選べばいい。おしゃれを気にするのはその後だ」


「はいすみませんでした」


 なんか褒められてるんだか貶されてるんだか、よくわからないけどきっと褒めてくれてるんだろう。


 拓実は結構思ってることをズバズバ言ってくるからたまにグサッと刺さることもある。


 逆に嘘を全然言わないからそこがいいところだ。


「悠雅は顔もスタイルも悪くないんだし、このくらいでいいと思うよ」


 拓実が手にしたのは黒のぴったりとしたパンツに色が濃いめのジージャンだ。


「でも、ジージャンの下は?」

 

「ほら、あの白い長袖持ってるじゃん? 背中の柄いい感じのやつ」


「あぁ、持ってるけど」


 確かに拓実の言う通りそのシャツを俺は持っていた。確か、慈実に誕生日で貰ったものだ。


 シンプルだけど結構お気に入りのもので、よく出かける時にも着ている。


「中はそれでいいよ。これにそれを合わせたら結構いい感じになると思う」


「確かに……! 悪くないかも!」


「だろ? そっちの方がお金もかからないし全部新品よりはいいと思うよ」


「間違いないです」


 というわけで、俺は拓実に勧められたものを購入して店を出た。


 一応試着もしてサイズは合ってるし、今着ているパーカーとも相性が悪くなさそうだった。


「じゃあちょっとどっか寄ってくか」


「そうだな〜」


 そんなわけで俺たちは近くにあったファミレスに入ることにした。

 ドリンクバーとポテトなど食べやすいものを頼んで座った。


「やっと明日だ〜」


「あんまり気合い入れすぎるなよ? そういう時はだいたい空回りする」


 拓実はメロンソーダを飲みながらそんなことを言う。確かにそうかもしれない。


「まぁな〜」


「俺としてはあんまり惚気られたくないし、破局してくれてもいいんだけど……」


「酷い奴だな。拓実だって作ろうと思ったら彼女作れるじゃん」


 俺が聞いているだけでも、高校に入ってから10回以上は告られている男だ。


 頷いてしまえば、彼女くらい出来てしまう。


 もちろん、拓実は何かしら理由があって断ってるんだろうけど。


「冗談だよ。まぁそうなんだけどさ。多分俺本気になれないんだよ」


「本気?」


「そう。せっかく付き合えてあっちが俺のことを好きでいてくれても俺はきっと好きになれない。何かに本気になれたことってないし」


「でも、付き合ってみたら好きになるかもよ?」


 そういう話はいくらでもあると思う。


 付き合ってみたら意外な素顔が見えて好きになったとか。すごく息が合うとか。そういうことっていっぱいある。


 確かに、拓実が何かを本気で取り組む姿っていうのは見たことがないけれどこれからそんなことがないとも限らない。


「これは俺の自論っていうか理想なんだけどさ、付き合う時は俺が好きでいる状態がいいんだよ」


「なるほど?」


「俺が誰かを好きになって告って付き合ってって、そういうのがいいんだ」


「確かにそっちの方がいいかもな」


 どこか遠くを見る目。そこには優しさと何かが滲んでいて俺は頷くことしかできなかった。


 拓実の言うこともわかる気がする。


 そっちの方が相手にとっても自分にとってもいいことしかない。


 試しで付き合ってダメで別れるとかだと、どうしても相手に申し訳なさがあるしそういうのを回避したいのだろう。


「ちょっと話変わるけどさ、結局なんで喧嘩しちゃうわけ……?」


 いつのまにか、呆れた目に変わっている拓実は俺に非難の混じった声をかけてくる。


 喧嘩……というのはもちろん静川とだ。


 拓実にも念を押され、しーたんとも約束したのにそれでもダメだった。


 なんでだろうな。すごい鼻につくんだ。


「だってよ……」


「別に喧嘩したいならしてればいいけど、これでもお前のために言ってるんだからな? 裏でこそこそ言われるの嫌だろ?」


「本当ありがと……」


 拓実は善意でそうやって言ってくれている。


 なぜか俺たちの喧嘩を見て両思いだと思っている人が多いらしく本当に迷惑なのもわかっている。


 それを解決する方法は俺たちが喧嘩を止めることだけなんだがそれが難しい。


「まぁあれだ! しーたんに会ったら少しは気も和むと思うし、それからなら行ける気がする!」


「確かに。結構単純だもんな」


「うるせ」


 しーたんにあったらあいつのことなんか忘れるくらい、どうでも良くなるだろう。


 そうしたら何を言われても動じない仏の心を手に入れられる気がする。


 まずは明日! デートを何事もなく普通に過ごせればそれでいい!


 俺は深呼吸して気合いを――


「いでっ!」


 頭にチョップをされた。


「あんまり気合い入れすぎんなって言ったろ? どうすんだよしーたんがタイプじゃなかったら」


「どんな顔でも俺は好きだけどな……」


「ひゅー」


 拓実が口笛を吹いて煽ってくるけどそんなことどうでもいいくらい明日が楽しみだ!


 絶対に成功させてやる!


「これ、ネットにあげたらバズりそう……」


「なに録音してんだよ! 消せ!」



 


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