第五話 幽霊というようなもの


 さて、あれから数日。

 僕は魔力が回復したのでまた一人で池までやってきていた。

 母さんの話と本を統合すると魔力はたくさん消費して総量を上げていくのが重要らしい。

 そういえばここはまだ森の浅いところだから居ないけど魔物が出るということを父さんに聞いた。

 けど、この前倒れていた時は大丈夫だったし母さんが後から来るはずなので気絶さえしなければいいはずだ。


 「今日は水魔法でも試してみるかな? 折角目の前に池があるし」


 水属性魔法は火と同じくシンプルで空気中の水分を集めることがまず初期段階。

 で、それを撃ち出す、顔を洗う、飲む、凍らせるといった応用ができるので他の魔法よりも用途が広いので面白いと思ったのもあるんだよね。


 「よし! 『水の精よ我が手に宿れ』<ウォーターマジック>」


 僕が詠唱すると上に向けた掌に野球ボールくらいの涼やかな水玉が現れ、魔法が成功したことを告げる。


 「おっとと……魔力で安定させるんだな」


 でも、これを維持している間は魔力を消費している感覚がわかる。一度限界まで使ったおかげでこうなったのかも?

 僕って中身はこっちの世界のモノじゃないから『出せる』けど『理解』できていなかったような気がする。


 「でも、心臓が動いているような感じで魔力もわかる。さて、それじゃ次に行こうかな。ピッチャー第一球……投げました!」

 

 僕は少しだけ魔力を強めて池に水玉を投げる。

 この年になるまで兄ちゃんたちと遊んでいたけど、前の肉体では考えられないくらい軽い。


 そして投げた水玉は真っすぐ池に飛んでいき――


 「げっ!?」


 着弾した瞬間、池は大きな水しぶきを……いや、爆発といっていいくらいの高さまで水を巻き上げた。


 「うおっと……」


 魚が降ってきたこととは無関係な言葉を発しながらすっかり干からびた池の方へ目を向けると、そこに物凄く透き通った大きな青い石があった。

 なんとなく気になった僕は水が溜まる前にと池に足を踏み入れる。


 「こんなのが沈んでいたんだ……。綺麗だけど持って帰れそうにないな。兄ちゃん達は知っているかな?」


 力を込めてみるも動かせそうになかったので、流れ込んでくる水を避けながら戻ることにした。


 「やば、服汚した……母さん怒るかなあ」


 池から出る時に泥がついてしまいショックを隠し切れない。

 まあ、自分で洗濯する手もあるし――


 【――ず】

 「ふあ? なんか聞こえたような……」

 【――うず……坊主!】

 「おお!? 空耳じゃない」

 

 どこからともなく怒鳴られたことに困惑する僕へさらに怒声が飛んでくる。


 【坊主、右に飛べ!】

 「え、え? ……これは!?」


 僕は転がるように右へ飛ぶと立っていた場所に大きな影が地面に激突した!

 砂煙が舞い上がりその影を確認する。


 すると――


 「……蛇?」

 

 池から身体を出している巨大で長い生き物が居た。

 僕が言葉を発すると頭がこちらを向いて赤い目が怪しく光り輝く。


 「う、おお……なんだこいつ……」

 【池に封印されていた魔物みたいだな】

 「だ、誰!?」


 さっき聞こえてきた謎の声が今度ははっきりと耳に入り周囲を確認すると、僕の背後に金髪の美女が立っていた。


 「うおわ!?」

 【お、視えるのか坊主? 声も聞こえるみたいだし、お前みたいなのは初めてだ】

 「視えるけど……」


 とはいえ、よく見れば透けているような感じだった。え? ま、まさか……


 「ゆ、幽霊……!?」

 【ああ、そうだな。あたしはゴーストだよ坊主】

 「うわあああああ!?」

 【ひっひ、いい反応だが……今はあたしに驚いている場合じゃなさそうだぞ】

 「え?」


 僕は鼻水を流しながら幽霊の視線を追うと、背後に先ほどの蛇が迫っていた……!

 

 「シャァァァァ……!!」

 「うひょう!? 『火よ飛んでけ』! <ファイア>!」


 慌てて魔法を撃ち出すもボシュっという蒸発音がしてすぐに消える。


 「ああああああ!? に、逃げないと!」

 【任せとけって。あたしにかかればあのくらいはいける】

 「マジ! は、早く!」

 【ちょっと体を借りるぞ】

 「は? ……おおう!?」


 美女が僕の身体に入り込もうと近づいたので慌てて距離を取ると、蛇の頭を丁度避ける形となった。


 【おい、逃げるな坊主!】

 「逃げるよ!? 幽霊に憑りつかれるなんて冗談じゃない!」

 【大丈夫だちょっと借りるだけだって!】

 「みんなそう言うんだよ!」

 「シャァァァ!」


 蛇と幽霊が僕を追ってくる。

 と、とりあえず一度屋敷へ戻った方がいいかな? 蛇は池から出られないはずだし、幽霊だけなら――


 「キシャァァァ!」

 「長っ!? あれ、そういう感じ!?」

 【ふん、長いことここに封印されていたバケモンだな。坊主、このままじゃ昨日一緒に居た母ちゃんが死ぬぞ? また迎えに来るんだろ】

 「うわ!? で、でも母さんも魔法を――」

 【アレは強力だ。その辺の魔法使いじゃちょっと荷が重い。だけどあたしはこれでも賢者とか大魔法使いと呼ばれた元・人間だ。ちょちょいっと倒せるぞ】


 ……なんという胡散臭さだろう。


 だけど、確かに追ってくる蛇はちょっとただならぬ雰囲気であることは間違いない。ここで死ぬのもごめんだし……一か八か、賭けるしかないか……!


 「……僕を乗っ取ったりしないだろうな」

 【大丈夫だよ、どうもお前は『ちょっと違う』みたいだしな】

 「……? どういう……わ!?」

 【それじゃ久しぶりに暴れさせてもらうぜ!】


 美人な幽霊は見た目に反して獰猛な笑みを浮かべて僕の背中に入り込んできた。

 その時、目の前がブレてドクンと心臓が高鳴るような感覚に襲われる。


 「これは……!」

 【よし、繋がった。唱えろ坊主『閃光の輝きよ』】

 「え!? 僕がやるの!? 『閃光の輝きよ――』」

 【『眼前の敵を討ち滅ぼせ』】

 「『眼前の敵を討ち滅ぼせ』」


 翳した僕の両手にとんでもない魔力と熱が収束される……!


 「【<オーバーレイ>】!!」

 「シャ――」


 僕から放たれた一筋の光は眼前に迫っていた蛇の眉間を貫通。一瞬で物言わぬ物体となって目の前で倒れた。


 「は、はは……す、すごいや……」

 【言ったろ、余裕だって】

 「あ、れ……視界がぐるんって……」

 【あ、おい、坊主!?】


 またこの前のように意識が飛んでいく状態になり前のめりに倒れる僕。そして目を閉じた瞬間――


 「いやぁぁぁぁぁぁウルカちゃんんんん!?」


 母さんの声が聞こえた気がした――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る