第10話「ライトニングとの出会い」

 歓迎会は夜遅くまで開かれた。


 食堂のスタッフたちが気を利かして酒を用意したが、誰ひとり手をつけなかった。

 待機中は酒を飲むことが禁止されているわけではない。

 任務中であっても一般傭兵隊員の中には隠し持っていた酒を飲む輩もいる。


 しかし、自分たちの立場に誇りと責任、そして重要性を認識している特務部隊隊員たちにとっては、自制心を保てなくなる酒は毒でしかなかった。


 とはいえ、酒がないからといって盛り上がりに欠けるかといえばそうでもなく、大量の大皿に乗った食べ物や、やや酸味のある果実ジュースを飲みながら、特務部隊隊員たちは大いに盛り上がった。


 張りつめるときは張りつめる、気を抜く時は徹底して気を抜く。

 公私をうまく使い分ける術を彼らは知っていた。でなければ、強いプレッシャーのかかる特務部隊隊員などやっていけるわけがない。


「クレアさん、クレアさん」


 食堂の端っこでチビチビと果実ジュースを飲んでいたクレアに、一人の青年が近づいて行った。

 この歓迎会の主役である彼女だが、場はいつしか気の合う仲間同士とのパーティーへと変貌している。

 知り合いもなく、新米隊員であるクレアは隅の方で一人おとなしく食事をとるしかなかった。


 そんな彼女のもとへ歩み寄ってきたのは、きれいな青い瞳が印象的のハンサムな男だった。


「クレアさんは十二大隊所属だったというのは本当ですか?」


 まだまだ機敏で経験豊富な特務部隊隊員たちは30代の中年層が多い。

 その中にいて、一際若い顔立ちをしている。

 クシでといたようなサラサラした黒髪に、純朴そうな目。鼻筋は通って、顎がぴんと伸びている。


 歳のころは20代後半といったところだろう。


「はい、本当です」


 クレアはそのハンサムな青年に少しドギマギして答えた。


「わあ、本当なんだ。じゃあそこにワッツっていう隊員がいたの、知ってる?」


 聞きなれた名前を聞いて、クレアは驚いた。

 ワッツとは、つい先立っての任務で行動をともにした仲である。


 一般傭兵部隊は軍隊ではないがそれなりの大所帯であり、規模に応じて小隊、中隊、大隊とに分けられるが、クレアの所属していた十二大隊はかなりの人数がいた。あまりに多すぎて作戦中は番号で呼ばれるほどである。

 それだけに、同じ隊でありながら名前も知らない者もいた。


 そんな中、ワッツのクレアに対する気遣いは人並み以上であったように思う。駆け出しの傭兵隊員だったクレアに、傭兵学校では教えないノウハウをいろいろと教えてくれた。

 任務においてもクレアを一人の傭兵として扱い、そして信頼してくれていた。今の彼女があるのもワッツのおかげであるといっても過言ではない。


「知ってます。ワッツ先輩とは、何度も一緒に作戦を遂行しました」

「ほんとに!? いやあ、嬉しいな。ワッツはね、ボクの弟なんだ」


 男の言葉にクレアは目を丸くした。


「お、弟? ワッツ先輩って兄弟がいたんですか!?」

「といっても血はつながってないけどね。ワッツとは同じ孤児院で育った義理の兄弟なんだ」


 その言葉にクレアは愕然とした。


 ワッツからはそんな境遇だったことなど一度も聞かされていない。

 傭兵隊員に憧れて入隊した一般家庭の人間だと思っていた。

 まさか自分と同じ孤児だったなんて。


(だから同じ境遇の私に親身になって接してくれてたんだ)


 彼のクレアに対する特別とも思える気遣いに、彼女はようやく合点がいった。


「ワッツ先輩は私にとってもっとも尊敬できる先輩です。ワッツ先輩がいなかったら、私はとっくの昔に死んでいたかもしれません」

「そうか」


 クレアの言葉に、男は心底嬉しそうな顔をした。


「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクはライトニング。キミよりちょっと早めに入隊した先輩新人さ。よろしくね」


 先輩新人というおかしな言い回しに、クレアの顔がほころぶ。


(悪い人じゃなさそう)


 マルコーやシャナといった人相の悪い隊員たちを見てきただけに、目の前のライトニングと名乗った青年に彼女は安心感を抱いた。


「よ、よろしくお願いします」


 そう言ってクレアは差し出された手を握った。

 温かな、人のぬくもりが感じられる手だった。

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