第9話「緊急招集」

「おい、起きろ。緊急招集だ」


 ローランの声に、クレアは「ふえ?」と気の抜けるような声で返事をした。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 初めて体験する柔らかなベッドの寝心地に、張りつめていた緊張の糸が切れてしまっていたようだ。


「し、招集ですか……!?」


 たらりと垂れた涎を拭い、クレアは起き上がった。

 情けない姿を見られてしまった、という羞恥心が彼女の顔を赤く染める。


「ノックをしても返事がなかったのでな。悪いが中に入らせてもらった」


 ローランの言葉に、クレアはさらに顔を真っ赤に染めた。


「す、すいません……!」

「我々はいついかなる時も招集がかかると思え」

「は、はい!」


 返事をしながら、クレアはバッグの中からダガーを取り出した。

 第八特務部隊に転属を言い渡された際、十二大隊の仲間たちが餞別代りにくれたものである。

 希少なミスリル製の高価なダガーだった。


 傭兵部隊の隊員たちはあまりダガーを好まない。リーチが短いからだ。

 拮抗した相手と一対一の戦いでは極めて有効な武器ではあるが、数で押す彼らの戦い方では不向きなのだ。

 現にクレアの使っていた武器もショートソードである。

 とはいえ、彼女の腕前はお世辞にもいいとはいえなかったが。


 古巣の仲間たちがダガーをくれたのは、少数精鋭で国中を飛び回る特務部隊には軽めの扱いやすい武器のほうがいいだろう、という心遣いからであった。

 クレアはその気持ちがとても嬉しかった。

 そのため、出動要請がかかったらこの武器を持って行こうと心に決めていた。


 しかしローランの言葉は意外なものだった。


「それは必要ない」

「え……?」


 今まさに、ダガーを腰にぶら下げようとしていたところである。

 必要ないとはどういうことだろう。

 ダガーとはいえ、武器がなければ戦えない。


「それは置いておけ。必要な時は言う」


 緊急招集がかかった今が必要な時ではなかろうか。

 と思いつつも、クレアは素直にダガーをバッグに戻した。


 その素直さに満足したのか、ローランは意味ありげな笑みを浮かべて言った。


「招集場所は本部一階の食堂だ。今、この本部にいる隊員たちは全員集まっているから早く来い」


 ローランにそう言われてクレアは焦りを覚えた。


(ぜ、全員集まっている……!? どうしよう、私、寝ちゃってた……)


 必要なことだけを言ってスタスタと先に行く隊長のあとを追って、クレアは着の身着のまま部屋を飛び出した。


     ※


 暗い──。


 すでに陽は沈み、本部内の通路が薄闇に包まれている。

 とはいえ、真っ暗で何も見えないというわけではなく、どことなくどこに何があるかは見てわかる。


 それでも、何の躊躇もなくスタスタと前を歩く隊長はこの本部内の構造を熟知しているのだろう。


「あ、あの、緊急招集って、どこに派遣されるんですか? 私たちだけなんですか?」


 大きな不安を抱えるクレアに、ローランは何の説明もせず、ただ一言

「黙ってついてこい」

 と言うだけである。


 クレアはそれ以上追及することなく、ローランのあとに付き従って本部一階の食堂にたどり着いた。

 食堂、といってもレストランのようなもので、料金制となっている。

 会費さえ払えばフリーで飲み食いができる場所だが、通常でも破格の値段なので会費を払う隊員は少ない。

 会費を払っても死んでしまえば無駄になるからである。

 

 そんな食堂の入り口に、クレアは立たされた。


「よし、入れ」

「え……、あの、私……」


 しどろもどろに答えるクレア。

 着任早々、寝てて招集に間に合わなかったなんて、恥ずかしすぎる。


 そんなクレアの想いをよそに、ローランは彼女の手を引っ張り、食堂のドアを開けた。


 その瞬間、


 パーン!!


 という乾いた音が大量に響き渡った。


「きゃっ」


 ビクッと肩を震わせて、クレアは耳を塞いだ。

 しかし彼女の目に飛び込んできたのは想像していたものとは真逆の光景だった。


『ようこそ、特務部隊へ!!』


 殴り書きで書かれた横断幕を掲げ、大勢の体格のいい男たちがクラッカーを鳴らしていたのだ。

 クレアの頭に、クラッカーから飛び出したヒラヒラの紙が舞い降りる。


「………?」


 困惑した表情でクレアは何が起きているのかと目を見張っていた。


「緊急招集は嘘だ。ここにいる出動待機中のメンバーが、クレアの歓迎会をしたいと言い出してな」


 ローランの言葉に、

「え……え……え……?」

とクレアはわけもわからないままキョロキョロとあたりを見渡す。

 少し離れたところにマルコーとシャナもいた。彼らも苦笑いをしながら肩をすくめている。

 本日付けで入ったクレアの姿に、クラッカーを鳴らしていた男たちから歓声が上がった。


「ひゅう、かわいい子じゃねえか!!」

「ずいぶん若えな、おい」

「ローラン、おめえ、まさかこれが目的で自分の隊に入れたんじゃねえだろうな」


 次々に軽口をたたく男たちに、ローランは「そんなわけないだろう」と真面目に答えた。


「特務部隊にゃ、女がいねえからな。こりゃ、張りが出るぜ」


 その言葉にシャナが反応する。


「ちょいと、女ならここにいるじゃないさ」

「あぁ? どこにいるってんだ? オレには凶暴な野郎どもしか見えねえぜ」

「言ってくれるよ、まったく」


 彼らのシャナに対する言葉づかいは決して軽蔑したものではなく、お互いに認め合った者同士の軽快なやりとりであるとクレアにもわかった。

 特務部隊の仲間意識の高さは、以前まで所属していた傭兵部隊の人たちと一緒なのだとクレアは安心した。


「クレア・ハーヴェストです。よろしくお願いします」


 彼女はそう言って、頭を下げた。

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