第7話「正式採用」

「ふん、なんだいありゃ。素人も素人、ド素人じゃないさ」


 クレアとの仕合いのあと、本人による正式な手続きを本部で済ませるためローランは彼女を連れて鍛錬場をあとにした。

 今、この場にいるのはマルコーとシャナの2人だけである。


「逃げ回ってばかりで一切反撃してこない。まだ傭兵学校の生徒ほうがマシだよ」


 シャナのあきれ果てた物言いに、マルコーは物言いたげな目で顔を向けた。


「シャナ。おめえ、オレと仕合ったのいつだったっけ?」

「あ? 忘れたよ、いつのことか」

「あんときゃ、引き分けだったよな」

「そうさね、あんたとは50勝50敗1分け。なんだい、今この場で決着つけようってのかい?」

「あの時、お前、本気だったか?」

「本気も本気、大本気だったさ。そりゃお前も同じだろ」


 マルコーは無言で地面に顔を向けた。

 身体中から汗が噴き出ている。


「ああ、本気だった。そしてあの新入りとやってる時もな」


 彼の言葉にシャナは「あん?」と眉を寄せた。


「冗談はよしておくれよ。手加減してたんだろ? やる前にそう言ってたじゃないか」

「最初はな」


 マルコーは腰から下げた手ぬぐいを手に取ると、顔をぬぐった。


「でもあまりに上手く避けるもんだから、つい本気になっちまった」

「本気に?」


 冗談お言いよ。とシャナは続けようとするのを、マルコーの言葉が遮った。


「本気のオレの剣までかわしやがった、あの新入り」


 シャナとの仕合いで引き分けになった時の本気の打ち込み。それすら、クレアはかわしたのだ。

 その直後、クレアの表情が豹変したのをマルコーは見逃さなかった。まるで、すべてを見透かしたかのようなあの目。

 あの冷たく暗い目を思い出し、マルコーは背筋が寒くなった。


「ヤベエって思った。なんか知らねえけどよ、これ以上続けたらマジでヤベエって。気が付いたら、新入りの持っていた剣を弾き飛ばしてた」

「なんだい、そりゃ。結局あんたが勝ったんだろ? だったら知らず知らずのうちに手加減してたんじゃないのかい?」

「剣を弾き飛ばすしか勝てる方法がなかったんだよ。あんなにフラフラ持ちづらそうにしてたからな。もし、あれ以上続けていたら……」


 マルコーはそれ以上何も言わなかった。

 シャナも黙って二人の仕合いの情景を思い出す。

 静寂だけが、鍛錬場を支配していた。


     ※


「はいはい、クレア・ハーヴェストさんね。ちょっと待ってて」


 本部中央の総務課。

 特務部隊の派遣要請や応援要請の受付の他、装備品の調達や備品の管理など、あらゆるサポートを一手に引き受ける課である。

 戦いに特化した特務部隊とは違い、管理能力や経理能力の優れた者たちが集められている。無論、彼らも傭兵である。武器の特性や魔物の生態に精通してなければならないからだ。

 いざという時は、彼らも武器をとって戦う。


 だが、特務部隊が創設されて15年。

 総務課が戦いに駆り出されたことはない。


 今、クレアの名簿と照らし合わせて彼女の身分証と特務部隊の証であるバッジを用意しているのは、若干頭が薄くなりつつある人の良さそうな中年である。

 とても傭兵とは思えない風貌に、本部内ということでガチガチに固まっていたクレアの緊張も幾分かほぐれてきた。


「はい、これ。本来はこちらから一般傭兵部隊に送り届けるんだけど、急な転属だったから送りそびれちゃってね」


 そのおかげで彼女は本部前の入り口で止められてしまったのだが、そんなことは口に出さず、クレアは

「ありがとうございます」

 とひとこと言って身分証とバッジを受け取った。


 身分証は手のひらサイズの小さなカードであった。

 表にはアルスタイトの守護獣朱雀の紋様が象られ、裏面にはクレアの名前が彫られている。

 傭兵隊員なら誰もが夢見るカードだが、クレアにはずっしりと重い枷のように感じられた。


 バッジにいたってはキラキラと赤く輝く朱雀を模った指輪のような大きさで、新入隊員のクレアにとってはもったいなさすぎてつける気も起きないほどである。


「バッジは胸でも首でもどこでもいいから付けておけ。そのバッジを見ただけで、傭兵たちの士気は上がるからな」


 特務部隊が戦闘に参加するだけで作戦の成功率は飛躍的に上がる。

 そのため、特務部隊がいるのといないのとでは士気がまったく違う。 

 それだけに彼らの戦力は貴重なのだ。

 とはいえ、彼らが出向く相手とはそれなりの魔物ということでもあるのだが。


 そんな大それたシロモノを一新入隊員が付けていいものかどうなのか。とクレアは逡巡したものの、ローラン隊長の命令は絶対なのでとりあえず胸のあたりに付けておいた。


「よし、これで貴様は正式にオレの隊員だな」

「はい……、よろしくお願いします」


 クレアの声は、幾分元気がなかった。

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