第6話「仕合」

 鍛錬場は本部の一階奥、大きな通路の先にある。


 とりたてて専用の器具や武具があるわけでもなく、隊員たちが各々自由に身体を動かせる場として広い空間があるだけである。


 今、その鍛錬場にマルコーとクレアが向かい合う形で立っていた。

 その中央に一歩引いた状態でローランがいる。

 そんな3人をシャナは壁に背を当てて眺めていた。


(さてさて、どれほどの腕前なのやら)


 正直、あれほど隊長であるローランが推薦したのだからもしかしたら、とは思っていたが、どうやら当の本人もクレアの腕前は知らないらしい。

 ならば、なぜ第八特務部隊に入隊させたのか。それが謎である。


 もっとも、ローランは他の誰よりも目利きがいい。特務部隊の隊員の半数は彼が引き入れたと言われている。そして、そのほとんどがいまだ死ぬこともなく現役で続けているということも。

 とすれば、彼女もまた本人さえ知らない秘められた力を持っているのかもしれない。


 とはいえ、シャナの目にはそのような神秘的な力など微塵も感じられなかった。目の前に映る少女は、か弱き小娘そのものだ。傭兵部隊にいたことさえ信じられないほどである。


 いずれにせよマルコーと戦えばその理由もある程度はわかるだろう。

 面白い余興といった感じでシャナはこれから始まる仕合いを固唾を飲んで見守っていた。


「いいか。相手が降参するか、先に剣を打ち付けた方が勝ちだ。また、これ以上戦えないと判断したらオレが止める」


 ローランが仕合いの勝負方法について説明する。

 他流試合でももっとも標準的な試合形式だ。


 マルコーは右手に握る樫の木の剣に力を込めた。

 本来、彼の得意な得物は重量級の大斧である。こんな紙切れのような木刀では軽すぎてむしろ扱いづらい。

 しかし殺傷力の低い武器を選ばなければならないとしたら、これしかなかった。

 とはいえクレアも同じものを持っている。

 子供でも扱えるこの剣でさえ、クレアはうまく持てないでいた。


(おいおい、本当にこれで傭兵学校を卒業できたのかよ)


 マルコーの顔に怪訝な色が浮かぶ。

 圧倒的なパワーと野性的な勘を兼ね備えた彼は、幼い頃より武芸に秀で、傭兵学校に通ったことは一度もない。

 もとより傭兵学校に通うには規格外の体躯で、彼は傭兵学校に入ることなく一発で一般傭兵部隊へと配属された。入隊が可能になる14歳の頃である。


 それからはマルコーの活躍は目覚ましく、特務部隊派遣を要請するほどの凶悪な魔物相手にもたった一人で立ち向かい、彼らが到着する頃にはマルコー一人で片づけていたという話まである。


 そんな彼であるからこそ、戦いのマニュアルだけを教える傭兵学校出身の隊員というのは貧弱なイメージしかなかった。


 しかし目の前の少女はそれすらも劣っているように見える。

 樫の木の剣を満足に持てず、怯えた表情で自分を見つめている。


 自分と同じ第八特務部隊隊員という立場に立っていること自体、不愉快でならなかった。


「いいか。多少は手加減してやるが、オレは本来そういうのは得意じゃねえ。打ちどころが悪くてぽっくりいっても悪く思うなよ」


 恐ろしげなセリフに怯えた表情のクレアがなお一層青い顔をした。


「大丈夫だ、いざとなったらオレが護ってやる」


 ローランが安心させようとそう言った。

 しかし、それでもクレアの顔は少しも安堵の色を見せない。ともすれば、吐きそうなほど具合が悪そうだ。


「オレもお前の実力をきちんと知りたい。遠慮せずにガンガンぶつかっていけ」


 ローランの言葉は、むしろ新入りにとっては酷であった。


(私にあんな化け物とどうやって戦えっていうの……)


 プルプルと震えながら構えるクレアの耳に、ローランの「はじめ」という声が入った。


「へっ」


 真っ先に動いたのはマルコーであった。

 手にした樫の木の剣を上段に振り上げ、クレアめがけて振り下ろしていく。


「ひっ」


 クレアは咄嗟に半歩下がり、その剣をかわした。

 畳み掛けるように今度は下から突き上げてくる。


「ひゃっ」


 身体を横にそらしてクレアはそれを避けた。


「避けるのはうめえじゃねえか」


 かなり手加減したとはいえ、マルコーの2段攻撃をかわしたクレアの動きにローランは注目した。


 そうなのだ。


 彼女のあまりの素人くささに傭兵部隊のまわりの隊員たちは誰もが気が付かないでいたが、彼だけは気が付いていた。


 クレアの動きはまるで普通の隊員とは違う。


 類まれなる動体視力と、バネのある動き、そしてそれに伴う反射神経。

 それがずば抜けて高い。

 おそらく、彼の知る限りこの特務部隊においても彼女以上の動きをする者はいない。


 数週間前のベヒモス掃討作戦の際、一際目立っていたのが彼女の動きであった。

 もっとも、まわりの傭兵たちに動きを合わせていたため、その真価ははっきりと確認できなかったが。


 しかし今、マルコーと仕合っているクレアを見てローランは確信した。


(彼女は、我々以上の素質を持っている──)


 マルコーの繰り出す剣戟を、クレアは悲鳴を上げながらもことごとくかわしていた。


「くぅッ!」


 真横からの水平斬りもまるで見切ったかのようにわずかに身体を沈み込ませてかわしていた。

 攻めているはずのマルコーも、だんだんと手応えのなさ以上に不気味さを感じ始めていた。


(な、なんだ、こいつぁ……)


 あまりの不気味さに、汗が滴り落ちる。

 仕合いで彼が汗をかくのは久しぶりである。

 本気で攻めているにも関わらず、そのすべてをことごとくかわされている。

 当たるようで当たらない。


 ためしにフェイント攻撃をかけてみる。

 それに引っ掛かるものの、畳み掛けて打ち込む本気の剣戟に素早く反応してそれすら避けている。まさに神業に近い。


 一瞬、ゾクリとマルコーの背中に鳥肌が立った。

 目の前で剣を構えるクレアの表情が、変わった。

 まるですべてを見透かしたかのような、暗く、冷たい表情。


「でえぇい!!」


 マルコーは空気を震わせるほどの雄叫びをあげた。

 その叫び声にクレアの身体が一瞬硬直する。

 そして次の瞬間にはクレアの剣が宙を舞っていた。

 マルコーの剣がクレアの剣を弾き飛ばしたのだ。


 それにより、勝敗は決まった。


「それまで」


 声高に叫ぶローランの声が、4人しかいない鍛錬場に響き渡った。

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