第26話 子の心親知らず

見るからに暗い雰囲気のマロンに俺はなるべくいつも通りの調子で声を掛ける。


「おーい、マロン。そんなに落ち込んでどうしたー?」

「…………ん?ノーティス?なんでここに……」

「まあ、野暮用があってね……いや、俺はどうでもいい。

なんか落ち込んでるみたいだけど大丈夫?」

「……大丈夫」


大丈夫とマロンは目を伏せてそう言う。


「ほんとに?」

「…………大丈夫じゃない」

「やっぱり。話聞くよ?」

「……ありがとう」


案外すぐにマロンは理由を語ってくれた、

信頼されているなら嬉しいことだ。


「私の家、いや私の父親はここら辺の地主で、商売にも手を広げている。

いずれは領主となり、貴族になるのが目標だ。

……私が生まれた理由も半分はどこかの貴族に嫁入りさせる為だ」


……想像より重い話かもしれない。


「私はどこかに嫁入りするという事自体には反対じゃない、

だが父は『剣士として生きて、いつ死ぬか分からない娘を嫁に貰う人間は貴族にいない』と言ってな、それで喧嘩になって私が飛び出してきた」


「うーん……言い方は悪いけど一応一人娘を心配してるんじゃないの?

実際、剣士としてどこかで働いたりするなら怪我したり死んじゃったりする

可能性は他の人より高い訳だし」


この世界で剣士として生きるなら、戦争に参加させられたり、

用心棒として雇われたりするような道ばかり思いつく。


一番平穏なのは剣術教室の先生になるとか……


「……ああ、父も自分の欲望の為だけに動く人間じゃないのは

私自身が知ってる。私の身を案じてくれているのも分かる。

だが、それでも私は剣士の道を諦める事はしたくない」


「剣が好きなの?」


「……剣は好きだ、暇さえあれば振るう程に。でも最も大事なのは剣じゃない」

「?」


「少し、思い出話をさせてくれ。アレはまだ私がドレスを着ていて、

肌も日焼けというものを知らない白色だった頃……


なんの予定だったのかはもう思い出せないが、私は一人で馬車に乗せられ、

町に向かっていた。ただ、私は一人きりでは無かった。


名前すら知らない用心棒として父に雇われた剣士が、

私の護衛として乗っていたんだ。


私は剣士というものを初めて見たのもあって、彼から目を逸らさなかった。

彼は一言も発さずに静かにしていたが、突然私に『ここから動くな』とだけ

言って馬車から飛び出した。


当然私は何が起きてるのか分からなかったが、窓から外を見ると彼が言った

意味が分かった。


……外には覆面で顔を隠し、短剣等を構えた四人組が馬車を囲んでいた。

たぶん、私を誘拐するのが目的だったんじゃないかと思う。


それからはハッキリと覚えている。


まず、彼は先制で襲いかかった誘拐犯をその大剣を振るって吹き飛ばした。

吹っ飛ばされた先でもう一人にぶつかって、一瞬で二人が戦闘不能になった。


残った二人の内一人は彼に攻撃しようとしたが、武器を振るう前には

喉元に大剣の先が突きつけられていた、その事に気づいた奴は

恐れで何も出来なくなり、次の瞬間には大剣の峰で顎を殴られ気絶した。


最後の一人が武器を構えるが、剣士は奴を睨み

『ガキの前だ、殺さないでおいてやる』と言った。


睨まれた奴は武器を投げ捨てて何処かに逃げていった。


剣士は馬車に戻り、再び目を閉じて一言も発さなくなった。

私は彼に礼を言ったが、彼は無言で頷くだけだった。


そうして、私は無事に町に着いたがその時には彼はもういなかった。


その日が忘れなれなくて、

私は彼のように誰かを守れる強い剣士になろうとしている。


これが、私が剣士に憧れている理由だ」


「良い理由じゃん」


そういえば、俺には「憧れ」とか「夢」とか

そう言うものに縁が無い人生だった。


小さい頃からの夢に向かって一直線というのは

ちょっと羨ましいし、応援したくなる。


「マロン様!お父様が『これから町に出て淑女としての教育を受けさせる』

とおっしゃってます!機嫌を直してください!」


屋敷の方からしわがれた男の声が響いた。


「む、すまん。執事が呼んでいる」

「淑女の教育ねぇ……大丈夫なの?」

「ははっ。一、二時間化粧やら作法やらの勉強をさせられるだけだ。

長い話を聞いてくれてありがとう、少し自分の心が整理できた気がする」


そう言って、マロンは門の隙間をぬって屋敷に入っていった。

マロンが戻ったのを確認したのか、カイがやってくる。


「ひょえ〜……マロンさんってお嬢様だったんですねぇ〜」

「ああ、普段はそんな風には見えないけど……見た目じゃ分からないもんだな」


マロンの事が前よりも分かった気がする。

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