第3話 首相官邸にて

 宮部は翌日、高野首相官邸に訪れた。イワノフは同行したが、まずは宮部が高野に概要を伝えた。


 高野は眉間にしわを寄せて言った。高野は理系大学を卒業し、財務省で官僚を経験した異色の人物である。だからこそ、首相に抜擢されたのだ。


「で、これをわたしが国民、国会で説明するのか?もちろん、意味はわかってるよね」


「そういうことになります。もし、無理だったらドクター・イワノフの案はなかったことに」


「イワノフ氏はわたしが連れてきたブレーンだ。よく考えられていると思う。海中なわけだろう、であればもし原子炉になにかあっても冷却はなんとかなる。まあ、東京湾が汚染されるかもしれないが」


「そこと、この国民の核アレルギー、それからいままで地方にしわ寄せしていた原発という問題があからさまになるのでは。都民はエネルギーが欲しくても、原発なぞ欲しくはないのです、わがままといえばそうですし、東京の地域エゴといえばそうなのですが」


「だが、送電ロスもなく、大消費地の東京にダイレクトに電力供給が可能だ。わざわざ、数百キロも送電してきたこれまでの無駄はなくなる。これまでに原潜が何隻か沈んでおり、中にはプルトニウム弾頭を搭載したまま沈没したものまである。東京湾内だというのなら世間はともかく、世界的には納得するだろう」


「では、東京から離れた排他的経済水域ではどうでしょうか」


「それは外交的には不利になる。詳細はイワノフ氏に聞かねばならないが、メンテナンスもはるかに難しくなる。洋上風力と同じだよ。ケーブルの劣化や交換の問題はないのか?」


「ドクター・イワノフをお呼びしておりますが、中にいれてもよいですか?」


「ああ、もちろんだ、かれと話をしたい」


宮部は待合室にいたイワノフに電話した。イワノフはまもなく執務室に現れた。


「高野首相、初めまして。対面はこれが初めてかと」


「いや、あなたのことはすでに知っているし、例のウクライナ紛争処理会議で見かけているよ。手腕と技術は高く評価している。まさか、あなたが日本に興味をもつとは思わなかった」


「もとから、日本文化は好きで。二年前、来日したときは、適当に余生を暮らそうとしか。だからといって、今の日本がこれでいいとはおもっていません」


「あなたの動画は拝見しているよ。最初は趣味でやっていたのだろうが、次第に扇動的になっていって、実は脅威にさえおもっていた」


「それは申し訳ないとしか。かつて、ロシア政府に協力していたのは事実です。今はもう関係ないですが。今、わたしのやっていることは日本のためだと信じている」


「だから、わたしがあなたを政府に招聘したのじゃないか。そのくらい分からない人間ではない。で、聞きたいことがある。一つは政治的なことだ。それから肝心な技術のことだ。ロシア人であるあなたが、なぜ祖国を捨ててまでわたしの召喚に応じたのか?それがまず聞きたい」


「わたしはウクライナ紛争を終結させるために、プーチンの処分までやってしまった。もちろん、それはロシアのためです。ウクライナにも二発の戦術核を投じた。国際的には大批判をあびました。あたりまえですが。しかし、選択はあれ以外になかったと思っている。長引く戦闘でロシアもウクライナも疲弊し、西側諸国は事態を放り出す始末だ。決着は必要だった」


「わかった。あなたは祖国とウクライナを救うために悪人になったのだと、そういうことだね。あの戦術核での死亡者はきわめて少数だった。綿密に練られた作戦だということはわたしにだってわかる」


 高野はつづけた。


「では、技術的な話をきこうじゃないか。ドクター」


 イワノフはすこしためらいながら、話し始めた。







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