大怪獣日本列島現る。

森本 有樹

大怪獣日本列島現る。

 寒さ震える11月、「あしがら」のウィングに立ち艦長は海を見つめていた。

「この周辺は漁船も多い。しっかり見張りませんとね。」

 と先任伍長は言ってはいたが、視界には漁船らしきものは一隻も映らず、ただ、広い海だけが広がっていた。幸いなのは四国は近く、携帯の電波が飛ぶことだけだ。

「あー、なんか面白いモノないかな……。」

「面白いモノ」が出てきた場合に備えて艦長はスマートフォンのカメラを起動した。職務中だが、暇なのである。

 カメラを起動し終えると、一片の期待も持たず艦長は再び水平線に視線を戻した。どうせ変わりない凪いだ海……と彼女は思ったが、数秒視線を動かすうちにたちまち彼女は異変を発見した。

「・・・・・・え?」

 数秒間、艦長はその状況が理解できずに沈黙した。

「なにこれ……。」

 即座に待機していたスマートフォンを取り出して撮影した。そして、SNSにそれを送信するなり、大急ぎで艦橋に戻っていった。



 海上自衛隊は艦長の写真を発表するとともに彼女の職務怠慢を攻め立て自宅謹慎を命じた。

 丁度その日は某有名な大怪獣の記念日と相打ってSNSには歴代大怪獣のツイートが並ぶ中、「それ」は最初自衛隊のコラだと受け止められた。

 数年前、戦艦擬人化ゲームや海洋冒険アニメに便乗して広報がノリノリでツイートしていたことを覚えているミリタリー界隈は、適当にとったクジラの映像を使ったのだろうと最初は笑っていたが、リンク先が防衛省のホームページだと分かるとそこを起点に、にわかに騒ぎが始まった。

 まずは騒動はインターネットで起きた。

 取り敢えず、ソシャゲのコラが無数に生み出され、「冬イベントのボス」としてコラ画像を展開した。それはやがて「こんなの倒せない」「無理ゲー」といった声に変わり、「運営は難易度わかってない、クソだ。」との声が上がる頃には祭りの犠牲者は一人から二人へと変化していた。

 もっと悲惨だったのは日本国内のオカルト好きの創作集団であった。本当に現われた人類への脅威と思われる存在を使って必死に新たな怪物を制作しようとネットのモノ好きのアマチュア創作好きたちは果敢に新怪物を提案したが、現実が現実なので数時間と絶たずにに「不人気」の烙印を押され、ケジメの辱めを受けることになった。

 そんなネットの騒ぎもさるものから四国では巨大怪獣出現を受け、衰退する地元を復興させようと雄姿たちが立ち上がった。

 早くも「怪獣」をシッシーと命名し、大阪東京の業者へと連絡を取り、「シッシーまんじゅう。」「シッシーせんべい」を販売の準備に取り掛かった。値段は職場へのお土産の際に出費にやさしい20個入りで1200円である。さらには、四半世紀前の好景気の際に配られた一億円を使って買った金塊を使って金のシッシー像を建造することが決定、田舎の市役所や町役場の老いた職員たちは明らかに古いセンスの怪獣の絵を書きながらああでもあない、こうでもない、とかってにシッシーの姿をどうするか話し合った。挙句の果てに何も決まらず市役所のホームページには数日後、シッシーのデザインをボランティアで募集する旨が書かれ、数時間後、その下に小さく「著作権は我が市に属する」と付け足され、そののち市役所のホームページは開設以来最大級の速度でアクセスカウンターが回りだした。


 勿論官邸も大わらわだった。怪獣の出現には政府も大慌てして対処を開始した。

 まずは音響測定艦「ひびき」を出動させ、何が起きたか、海底の異変の探査を開始した。このときひびきはアップグレードされた機器を使い、偶然通りかかった漢型原潜の中での兵士の声を完全に聞き取ったが、これは防衛機密上決して公開してならないモノであったため、、中国軍の兵士の「銀髪ダークエルフマイクロビキニおっぱい」なる喘ぎ声は闇に葬られた。


「こちらが「ひびき」で得られたデータを基にした再現図です。」

総理に渡されたのはソナーのデーターを元に書かれた巨大な「生物」の全容だった。二百キロはくだらない巨大なウナギのような生き物が四国下から出てきた、という風貌だ。

「巨大生物と思われるそれは四国の地下に生息しているようで……その、恐らくはいままで地下で暮らしていたものが外に出ていこうとしているんじゃないんでしょうか。」

「四国の沈没、および海底火山の噴火に備えてくれ。」

総理は溜息をついで、そう今後の対策を指示した。

「一体なんあんだろうね、あれ。」

 総理は閣僚たちの前でそう言ったっきり、この話題をしまい込もうとした。

「首相!」との叫び声がして扉があけ放たれたのはその時だった。そこに立っていたのはいかにも博士、という風貌をした男だった。

「申し遅れました。東京大学、超生物学専攻の田沢と申します。」男は言った。「例の巨大生物の正体がわかりました。」

「本当かね!あれはなんだ。」

 突然の事態の急変に、希望を見出した総理は言うなり立ち上がって前のめりに張って突然やって来た博士の顔を凝視した。総理からみた男は多少うさんくさいように思えたが、それでも身分証に目をやると本当に学者だということが確認できた。

「少し説明が長くなります。私は長い間、大深度地下調査を通じて、ある学説を検証してきました。」

「なんだね」

 総理に並ぶ閣僚たちの視線も彼に集まってゆく。怪物の正体が明かされる。その期待と不安が集中する当人は、全く意に介しないといった感じで表情一つ変えず。

「日本列島は巨大生物の上に立っているという仮説です。」

 と言い放った。

「なんだそれは、まるで昔のインドの宇宙観じゃないか。カメの上にでも日本列島は乗っているのか。」

「まあ、ニュアンスとしては近いものになるます。あるいは、日本列島と我々が呼んでいるものの正体が、我々とは異質の生物なのかもしれません。」

 つまり、日本列島は怪獣で、さしずめ、日本人は大怪獣日本列島の上に棲んでいる存在だというのだ。はははは、という安堵の声と、どうやらトンデモ学説だ、という安堵が渦巻いた。田沢はこういうことがあろうと思ってすでに地震計と人工地震を使った調査データ、その3Dモデルをコピーした資料を手渡したのだ。その資料は、多少、政治家にはわかりずらい部分があったが、彼らの疑問に事の真実を裏付けるには十分だった。

「で、あれはその亀のしっぽだと言うのかね。」

資料をつぶさに読んだ総理はそう尋ねた。

「いいえ違います。あれは……。」田沢は一度言いかけて、それをためらった後、全員の顔を伺ったのち観念したように回答を披露した。「日本列島の、生殖器です。」

 女性閣僚はうわあ、と顔をしかめた。男性閣僚も同様である。ただ、ショットガンが似合う防衛大臣のみ、何か不敵な笑顔を浮かべていた。

だが、騒ぎは時を経たずに収まって行く。

「あまり、そういう話はしたくないんだがね、田沢君。まあ、生理学的にはまあ、それが、その、そうなって姿を現すということならば、普通の事じゃないか。学会を通じてなり、手紙なり、メールなりで十分じゃないのか。」

「それがそうもいかないのです。」田沢は冷たい汗を流しながら話を続ける。告げて見せたのは「怪獣」が現れた日と強い相関がありそうな何かの回数を現すグラフだった。「数日前から日本全土で強力な磁気異常が発生しているのをご存じでしょう。あれが現れてからの事です。」

 成程、件の磁気異常はどうやら「怪獣」と関係があるらしい。その意味は、一部の官僚は次の言葉を言われる前にはなんとなく予測出来ていた。

「これは仮説ですが、日本列島は発情期に入っているのではないでしょうか。そして、この磁気異常を引き起こしている電波とクジラの鳴き声を確認した所、無数の点で一致が見らました。」

「つまり、交尾相手を探しているということでいいかな?」

総理の出した結論に「恐らくは。」と田沢は言った。

「分かった。防衛大臣、電波を受けた遠い宇宙から雌の日本列島が現れる可能性がある。各メーカーと連携して衛星軌道上での迎撃兵器の設計に努めてくれ。」

「判りました。しかしメーカーがいまいち最近防衛産業に乗り気でないような気が……。」

「尻を叩いてでもやるんだ。」総理は絶叫した。「天変地異が起こるんだ!!」


その時、総理大臣の専用電話がジリリリ、と突然なりだした。嫌な予感がした。まるで新入社員のように電話に出るのを拒んだが総理は意を決して受話器を取った。

「首相、国立天文台の吉田と申します。先ほど、重力場検知衛星が一斉に月軌道での重力のゆがみを確認しました。その歪みから巨大な隕石が出現しました。」

「まさか……。」

「やってきてしまった……やって来たのです。雌日本が……。」

 やがて隕石は沖の鳥島を破壊して日本列島の南に降り立った。それは、もう一つの日本列島だった。そして、「雄の」日本列島の四国沖にはあの巨大な「怪獣」がいきり立って出現した。それと同時に「雄の」日本列島は南下を開始して「雌の」日本列島に飛びつくや否やその「怪獣」を関門海峡に突き立てた。

だがそれより、二つの日本に住む日本人たちを驚かせたのは元から居た方の住人が雌と思っていたもう一つの日本の海底に、あの怪獣らしきものを発見したことであった。

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