第3話 裸ですごすハッピーライフを考えていたのに

「御父様、お呼びでしょうか?」


 よく晴れた日だった。天高く馬肥ゆる秋なんて言葉が異国にはあるらしいけど、その通り空が高い。気温も丁度いいから服脱ぐにはもってこいね。

 普段この時間は自室で裸でいるから、服を着て歩いているだけで窮屈に感じる。早く脱ぎたい。

 父からの呼び出しだから仕方ないし、折角だからこの後どう裸ですごそうか考える事にした。

 軽い気持ちで執務室へ入ると祖母も兄もいて首を傾げる。


「御祖母様、御兄様まで?」

「メーラ」

「はい」


 ここ最近は平和で争い事もなく父が勤めている王城に大きないざこざはなかったはず。市井にも大きな事件はない。かといって、我が家公爵家になにかがあったわけでもない。しいていうなら一年前に兄が結婚したことかな?


「メーラの結婚が決まった」

「ええ?」


 素っ頓狂な声がでた。無理もない。

 私自身、結婚できるとは思ってなかったから。


「お相手はディアフォティーゾ辺境伯だ」

「お兄様の友人の?」

「ああ」


 兄は王太子殿下の話し相手と剣の稽古相手に私と同じように王城に通っていた。その王太子殿下のお相手にもう一人男の子がいて、それがレイオン・ゼストス・ディアフォティーゾ辺境伯。

 貴族院に入る前に爵位を継いだ若い領主様で、西の隣国シコフォーナクセーと南の隣国パノキカトの国境であるイディッソスコ山を武力をもって統括している。

 三国の関係は非常に良好だし、武力は本来必要ない。直近まではイディッソスコ山の魔物を民から守るという形で武力保持していた。

 三年前、パノキカト最後の聖女が魔物を統括してしまったので、この国の武力の大義名分がなくなって宙ぶらりんになった。ディアフォティーゾ辺境伯は三国の関係と将来を見越して武力保持について異議を唱えているとも聞く。

 まあようは若くて出来る男だよ、という話だ。幼少期会ったはずだけど、もう記憶にないな。困ったものね。


「なんでまた……ディアフォティーゾ辺境伯は私が掲げる条件を了承したんですか?」

「ああ」


 私が結婚できないと思う理由はここだ。結婚相手に条件を掲げている。


 一つ目は夫婦の寝室を別にすること

 二つ目は世継ぎを求めないこと

 三つ目は私付きの侍女を連れていき専属とし、他の侍女に身の回りの世話をさせないこと

 四つ目は社交の場を共にしないこと

 五つ目は女主人としての働きを求めないこと

 六つ目は夫婦の時間を求めないこと、つまり干渉しないこと


 どれも裸族でいるための、裸族と知られないための条件だ。加えて敬遠されそうな内容も盛り込めば完璧。

 裸族でいたいけど他人には知られたくなかった。屋敷でも私付きの侍女しか知らない。ここにいる家族にだって知られていないことだ。

 特に一つ目二つ目は貴族では必須ともされる故に縁談の話なんて一つも来なかった。知らずに申し込んで条件を知れば、早い内に辞退しかされない。十代の頃こそ知らずに申し出があったけど、もうすっかり音沙汰もなくなって完全勝利な勢いだったのに。


「こちらからディアフォティーゾ辺境伯に申し出をしました」

「こちらから?」

「貴方はとうに適齢期を過ぎているのです。望む条件を飲んで下さる方などいるはずもない。社交界にも令嬢のお茶会にも参加していないのだから、貴方自身に伝手もないでしょう?」

「うぐ」


 分かっていたし、その通りだ。むしろ分かった上で無理難題掲げていたし。

 兄が呆れて溜息を吐いた。


「お前、ここにずっといる気だったろ?」

「ぐぐぐ」


 兄には、というか家族にはお見通しだった。兄が結婚したから、そろそろ敷地内に別棟建ててもらって、そこで裸ですごすハッピーライフを考えていたのに。


「貴方があの日以来、男性に対し恐怖を抱いているのは理解しています」


 王城に聖女教育で通っていた頃、人攫いの被害に遭いかけた。そのせいで私は男性に対して恐怖を抱くようになった、という設定にしている。

 社交界や結婚の話をされた時に渋ったら、家族は人攫い未遂が原因だと勘違いして、それを利用してしまった。罪悪感はそこそこあるけど、私が自分らしく裸で暮らすために嘘を貫いている。


「あいつ、それを込みでお前と結婚してくれるんだと。よかったな」

「けど、それは」


 同時期に王城にいたから人攫い未遂のことはディアフォティーゾ辺境伯もよく知っているのだろう。

 確かに被害に遭ったばかりの頃は教育係が男性だと恐くて緊張していた記憶がある。

 それも全て一人で裸になる習慣が解決してくれた。最初は教育の鬱憤解消から始まったけど、裸で過ごすようになってから男性への過度な緊張も薄くなった。

 そんなとこにも効果があるなんて裸になるのってすごい。それにあの時助けてくれた男の子のおかげでトラウマにならなかったと思っている。


「メーラ、彼は貴方の傷が癒えるよう計らって下さると仰っています」

「結構です」

「メーラ」


 ききなさいと祖母が嗜める。

 なんでここですごしちゃいけないの。

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