第2話 結婚の誘い(レイオン視点)

 七歳ぐらいから始まり、九歳の時には王城へ赴くことが増えた。

 最初は古くから親同士の交流がある数少ない友人の付き添いで、その後は年が近い王子殿下の剣や話し相手としてだ。


「レイオン」

「タロメ……そちらは?」

「ああ、俺の妹だ」


 ほらと背中を押されて、タロメの後ろからちょこんと現れたのはバターブロンドの髪に水色の綺麗な瞳をした女の子だった。


「ほら、俺の友人へ挨拶を」

「……カフェメーラ・ヒンノマステ・シニフィエスともうします」

「メーラでいいぜ~」


 まだ三歳だというのに淑女の挨拶をこなす目の前の子に驚く。彼女は私の顔を見てさっと兄であるタロメの後ろに隠れてしまった。

 慣れている。自分は表情に乏しいからか、あまり人から好かれない。同い年から年下には怖がられる事も頻繁であったし、大人だって顔を顰める時もある。


「すまんな」

「構わない」


 いつもの事だと応える私をちらりと見る彼女を見て見ぬ振りをした。

 最初から友人の妹だからと気にかかっていたが、目を離せなくなったのは、出会ってから一ヶ月程経った頃だ。


「やだ!」


 王子殿下と剣の稽古をするまでの僅かな時間、手持ち無沙汰になった私が王城北側の庭を散策してたとき、聞き覚えのある声に立ち止まった。


「シニフィエス公爵令嬢?」


 庭のさらに奥、声のする方に進めば、何者かに腕を捕まれ抵抗する彼女の姿が目に入る。

 同時、こちらを見た水色は大きく歪んで恐怖に染まっていた。


「た、たすけ」


 ほぼ反射的に動いていた。

 幼い彼女と男の間に入り、剣を抜いて相対する。

 私の背に隠れる彼女は目に見えて震えていた。


「何者だ」


 相手は舌打ちをしながら剣を抜いた。

 後ろの彼女から小さく悲鳴が聞こえる。


「彼女に何をした」


 汚い言葉遣いで私を罵り、剣を振るう男はそこまで強いとは言えなかった。技量はない。ただ力任せに振るわれるとまだ子供の私には分が悪かった。

 鍔迫り合いの中、男は嫌な笑いを浮かべて、聖女候補に用があると宣う。


「そこで何をしている!」


 剣同士がぶつかる音に気づいた王城の騎士が駆けつける。

 男は恐ろしい速さでその場から離れた。

 男の追跡を騎士に任せて、息を一つ吐き怯える彼女に向き直った。腰を抜かして立てないようだから、膝を着いて目線を合わせる。


「怪我は?」

「……ない、です」

「そうか。辛かったろう」

「……」


 自身のスカートを両手で強く握り唇を真一文字に結ぶ姿は明らかに我慢していると分かった。


「泣かないのか?」


 ばっと顔が上がり目が合う。


「君はよく頑張った」

「う……」


 御祖母様との約束だからとか、聖女になるなら泣いちゃだめだと小さく囁く。

 こんなに小さいのに何を我慢する必要があるのか。

 彼女の頭を撫でる。嫌がられる素振りがなくて少しほっとし、そのまま自分の胸に引き寄せた。


「おいで」


 本来こういう振る舞いは良くないものだと分かってはいたが、幼い彼女の為だと自分に言い訳をする。

 戸惑う彼女は震えていた。小さな手で私の服を掴む。


「私と君の秘密にする」

「?」

「これなら誰にも見えない。君が泣いたとしても、知っているのは私だけだ」


 途端、彼女は声を上げて泣き出した。声が私の胸に響く。撫でてやることしか出来なかったが、震えがなくなっていくことで、これで良かったのだと分かった。


「レイオン、メーラが!」

「ああ」


 暫くして兄であるタロメが駆けてきた。

 私の胸の中におさまる彼女を見て胸を撫で下ろす。


「すまない。私がもう少し早くに気づいていれば」

「いや大事に至らなかったのはお前のお陰だ。感謝しても足りない」

「そうか」


 泣き疲れて眠る彼女を引き渡した。


「彼女が泣いたのはなかったことにしてやってくれ」

「え? ああ構わないけど」


 この日から、ずっと後悔している。彼女が泣くほど怖い思いをする前に何故助けられなかったのか。何故もっと早くに駆けつけられなかったかと。

 後々タロメから聞いた話では、彼女は私の事をはっきり覚えてないらしく、誰であったかきいたらしい。

 私であることを伝えないよう、タロメには念を押した。化け物の私が助けたとなっては彼女をより怖がらせると思ったからだ。


「お前は人間だろ」

「そう言ってくれるのはお前と王子殿下ぐらいだな」


 古くから魔物フェンリルの血を引く一族である私は人として見られない。いくら見た目が人であっても周囲の奇異の視線と耳に入る言葉は化け物だと言っているのだから。


「まああいつ元気だぜ~」


 人攫いの件があってから、王城で私は彼女を注視するようになった。警備が厳しくなった今、問題はないと分かっていても、彼女を守れるよう動いてしまう。

 貴族院に通いだしても、王城へタロメと頻繁に伺いつつ彼女を捜す。無事を見る度に息を吐くを繰り返した。それは我が国が聖女候補教育の制度をやめるまで続いた。


「淋しくなるな?」

「彼女が安全な場所にいるなら、その方がいい」


 タロメから報告を受けた時、その方が最善なのにも関わらず、胸の内側が少し冷えた。

 これがタロメの言う淋しい気持ちだと気づいたのは貴族院で彼女を見かけた時だ。それまではこの感覚が何か見当もつかなかった。


「なあお前に相談があるんだけど」

「どうした」


 王城通いの頃、両親の死と共に爵位を継いだ。貴族院を卒業してからは居住を辺境地の屋敷に身を移したが、タロメや王太子殿下とは交流が続いていた。

 貴族院を卒業して十二年経った今も、こうしてシニフィエス家でお茶を頂くぐらいには。


「私から話しましょう」

「ペスギア様?」

「私からもお願いしたい」

「公爵閣下?」


 今や彼女以外のシニフィエス家と交流のある私は、その御祖母様、御父様、タロメとお茶を頂きながら、商談も交えつつ談笑するまでに至っていた。そんないつもと変わらない日に予想しない誘いが訪れる。


「急に改まっていかがされました?」

「単刀直入に申し上げます」

「はい」


 背筋を伸ばし、至極真面目な様子でペスギア様は言う。


「メーラ……カフェメーラと結婚してくださる?」

「はい?」


 自分からこんな素っ頓狂な声が出るとは思わなかった。

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