愛しき友は予知幻視者

朝倉亜空

第1話

モーリとモリオは互いに銃を手に持ち、対峙した。

 その銃口はどちらも心臓に向けられていた。 

「じゃあ、撃つよ」

 モリオは言った。

「迷わないさ」

 モーリは答えた。

 錆び付いた廃墟の街に、ビームパルス銃特有のかん高い銃声が鳴り響いた……。


  モーリとモリオが初めて出会ったのは、中学二年の二学期が始まった初日のことであった。西に遠く離れた国から、父親の長期滞在出張でモーリたち家族が引っ越してきたのだ。

「やあ、モーリ君。ぼくはモリオ。モーリとモリオ。よく似た名前だね。これからもよろしくね」

 ちょうど隣の席どうしになったモリオが、モーリに初めてかけた言葉である。以来、二人の熱い友情はずっと続いていくことになる。休みの日には、一緒に映画を観に行ったり、お互いの夢を語り合ったり、とにかく、いつも共にいて、何でも話し合った。ただ一つ、モリオのある秘密を除いては。

 モリオには、未来に起きることを予知することができる特殊な能力があったのだ。このことは絶対に誰にも知られてはいけないことだった。例え、親友であっても、否、親友だからこそ、人間関係にひびが入りかねない、この力のことだけは言ってはいけないのであった。モリオはそのことを引け目と感じている分、より一層、モーリを友として愛していた。

 時は流れ、三年が過ぎていた。二人の学校は中高一貫校だったので、進学先で離ればなれになることもなく、強い友情は結びついたままだった。

「はい、今日のランチ。今日さ、ママが早起きしてたから、きっといつものより豪勢だと思うよ」

 昼休みの時間が来て、モーリはモリオに自分のランチボックスを差し出した。

「うん、ありがとう。じゃあ、こっちはこれだ」

 モリオは自分の弁当箱をモーリに手渡した。それから、モーリのランチボックスをパカリと開く。

「うわっ、極太のビーフカツサンド! いっただっきまーす!」

 大口を開けてかぶりつき、「メッチャうまー!」と叫んだ。

 そのモリオの喜んだ顔を嬉しそうに眺めて、モーリもモリオの弁当箱のふたを外した。

「わーい! 大好きな肉じゃがが、ぎっしりつまってるー!」

 瞳をキラキラと輝かせながら、モーリは言った。

「でもさ、自分の子供のために作ってるつもりの弁当がさ、いつもよその子が平らげてるなんて、親はどういう思いになるんだろうね」

 モリオがちょっといたずらっぽい目をモーリに向けて言った。

「そうだね。笑っちゃうね」

 そう言って、モーリは本当にけらけらと笑った。続けてモリオもゲラゲラと笑った。

 昼食の弁当だけでなく、よく二人はいろんなものを交換した。モリオの苦手な数学の宿題をモーリがやり、モリオはモーリの分まで国語の宿題をやった。そんな取り換えっこは二人の友愛を深めるための儀式のようなものだった。モーリのものはモリオのもの、モリオのものはモーリのもの。絆は深まる一方だった。

 だが、皮肉なことに、モーリの国とモリオの国は徐々に軋轢を増していき、経済問題や国防問題において、たびたび国家上層部同士が言い争いを繰り返すようになっていった。なんとなく漂い出しているキナ臭さを、モーリとモリオも嗅ぎ取っていた。

「僕たちの友情は変わらないさ!」

「うん、どんなことがあっても!」 

 二人は固く誓い合った。

 しかし、モリオはある日、一つの未来風景を幻視してしまった。

 モリオの国はモーリの国と戦争を始めてしまっていた。モリオの予知はそれだけではない。モリオが見た幻の中で、瓦礫まみれの廃墟と化した街並みの中、お互い、自国家の兵士となったモーリとモリオが、一対一で対峙し、モーリがモリオを撃ち殺すのであった。

「……そんな……。変えなきゃ……、未来を……」

 強い衝撃を受けたモリオはとっさにそう思った。

 だが、そもそも予知した未来が変わるのか、変えることができるのか、モリオには分からなかった。今まで、一度も変えようとしたことがなかったからだ。そして、予知は必ずその通りになった。しかし、モリオがここで何もせず、思案ばかりをしていても仕方のないことは明白だった。

「あのさ、モーリ」

 数日後、いつものように、互い違いにしたランチを食べ終えた後、モリオは話を切り出した。

「あのさ、もしも、だよ。もしも、僕たちの国と国がこのままどんどん仲が悪くなっていって、遂には、銃を構えて争うようになったとしても、そして、僕たちが偶然に戦場で鉢合わせになったとしても、僕たちは、きっと、撃ち合わずに、見過ごし合う、よね。手なんか振ったりしてさ……。違う?」

 言い終わると、モリオはつばを飲み込んだ。マンガのように、ゴクリ、と、大きな音がしたように思えた。だが、顔の表情はモーリと一緒にいるときの、いつもの朗らかで安らいでいる時のものを創り出していた。

「そうだねぇ……。だんだんと、嫌な時代の流れになってきているけど、そうなったら、仕方がないね。たとえ、君でもこうだね」

 バーン、と、言いながら、モーリは銃の形にした指をモリオに向けた。

「え!」

「ハハハ。そんなはずがあるもんか! そうさ、君と僕のことだもの、笑って手を振り、再会を喜ぶに決まっているさ」

「だよね!」

「そりゃそうさ」

「わははは」

「ハハハハ」

 屈託なく笑い合い、モリオの心も数日ぶりに晴れやかさを取り戻した。

 だが、その安堵も長くは続かなかった。モリオは再び、嫌な未来を幻視してしまったのだ。やはり、前に見たのと同じ廃墟街にて、モーリとモリオが向かい合っていた。二人は懐かしげに手を振り合った後、モリオがくるりと踵を返して立ち去ろうとしたところを、モーリの銃がモリオの背中を撃ち抜くのだ。

 続けて幻視は少し時間を飛ばしたところをモリオに見せた。

 それは、モーリ個人の未来。戦争が終結し、ようやく世間に安穏とした気配が漂い始めたころ、外の世界に対して心を開かなくなってしまったモーリが、自室に閉じこもったまま拳銃自殺をしてしまうのだ。

 モリオを騙し討ちしたという、計り知れない自己嫌悪、それ以上の自己憎悪、自分を微塵も許せない感情による行為だと、モリオにはすぐに分かった。

 そういえば、モーリから、おじさんの話を聞いたことがあるのを、モリオはふっと思い出した。

 外交関係で働いているおじさんは、何でも、治療が困難な難病を患っているとのことだった。そのおじさんを、国家が全面的に面倒を見てくれているとも言っていた。

 もしかしたら、この先、戦争中になっても、おじさんの病状は芳しくなく、国の世話になり通しのままなのではないか。国家に対し、巨額な治療費という大きな借りがあるモーリは、敵兵を見逃すという、言わば、国への反逆行為に当たることはまったく出来なくなっているのではなかろうか。そんなことをして、それを国が知ることとなれば、おじさんへの治療は即座に停止とされかねない。しかし、僕との約束がある。モーリはその板挟みに悩んだ挙句に、苦しくも僕を撃つことを選ぶ……。



「あれ? このカートリッジ壊れてやがる」

 兵士の一人が言った。

 ここは陸上兵士輸送用中型トラックのホロの中。今しがた、ちょっとした銃撃戦を繰り広げ、次のバトルポイントのための宿営予定地へと向かっている途中だった。

「ん。どうした?」

 声を掛けたのはモリオだった。この時、モリオは陸上小隊の小隊長になっていた。トラックには十数人が所狭しと座っている。

「はい。このビーム弾カートリッジなんですが、先ほどの戦いで、確かに全弾撃ったのですが、最後の一発分のライトが点いたまんまなんです」

 最初の兵士が答えた。

「貸してみろ」

 モリオが言った。

 言われるまま、兵士は近づき、そのカートリッジをモリオに手渡した。ビーム弾カートリッジともビームパルスカートリッジともいうそれは、ビームパルス銃に装着して使用するものである。カートリッジひとつに180発のビームパルス弾が発射できるようになっており、カートリッジの側面にはデジタル表記で残弾数が示されるようになっている。。兵士の言った通り、1の数字がついたままだ。

「ふん。危ねえもんを作りやがる……。」

 モリオはそれを自分のポケットにしまい込み、代わりにズボンのバックルベルトに引っ掛けてある真新しいカートリッジを外し取り、兵士に差し出した。「これを使え」

 有難うございますと言って、兵士は元いた場所へ戻っていった。

 なおもトラックは進んでゆく。揺れるトラックの中、モリオはホロの覗き窓越しに、外の景色を眺めていた。戦闘地域のいたるところには相当な数のミニマムサイズの監視用ドローンが、地上4,5メートルのところを飛び交っている。通称銀バエ。敵味方入り乱れて飛んでいるその様は、まるで不快で煩わしいハエの大群のようだ。これで両軍の司令部は戦況を把握することができるのだ。敵前逃亡をするような腰抜けがいないかをチェックするのも、こいつらの重要な役目だ。もちろん、今も自軍のドローンはこのトラックをしっかりと見張っている。まったく、いい気分なわけはない。

 間もなく目的地に到着するという少し前、トラックはモリオだけを降ろした。監視ドローンが見張っているとはいえ、やはり、最後は人間が目視する。ドローンだけでは細かいところまではわからない。何か気になることや、危険に感じることはないかなど、兵士としての経験を十分に積んだ者のフィーリングや目が必要になってくる。故に、それは小隊長の仕事だった。

 モリオはゆっくりと歩いて行った。頭上のドローンは今、搭載された超小型カメラのピントをしっかりとモリオにフォーカスしていることだろう。俺が逃げ出すとでも思ってるのかよ。

 あるところまで歩いた時、不意にモリオは足を止めた。

 ここだ! もう、何度となく幻視した、モーリとモリオが出会う場所。

 今にも崩れ落ちそうな、薄汚れた建物の手前、7,8メートルほどの距離だ。

 分かっている、じきにモーリがあの角から現れる。

 予知は外れず、疲れた足を引きずりながら、モーリが出てきた。

「モーリ!」

 その姿を確認するなり、モリオは瞬発的に大きな声で呼びかけていた。自然と笑みが浮かんでしまう。

 その声に反応して、モーリはモリオの方を振り向いた。「モ、モリオなのか⁉」

 二人は同時に大きく手を振りながら、小走りで距離を詰めていった。モーリの上空にも当然のように敵軍の監視ドローンがへばりついてきていた。

「まさか君とこんなところで出会うとは。元気だったかい? 会えて本当に嬉しいよ、モリオ」

 モーリはそう言った後、モリオの胸の勲章に目をやって、驚いた。「え、偉く立派になったんだねえ」

「こんなもん、ただの飾りさ。どうでもいいよ。それよりも、永遠の親友同士が今再び出会えたんだ。そのことを喜び合おうよ!」

「うん。そうだね」

「それにしても。君はちっとも変わってないね、モーリ。いや、身体のことじゃなくて、なんて言うか、全体の雰囲気がさ、学生時代のまんまだよ。おじさん、おばさんは元気にしてるの? また、あの特性カツサンド食べたいよ」

「母さんは元気だよ。でも、とうさんは、体調があんまり良くないっていうか、……うん……、まあ、ちょっとずつ、寧ろ悪化しているみたいで……」

 モーリが少し言いにくそうにしているのが、モリオには分かった。

「じゃあ、ずっと国家のお世話になってるわけだね」

「そう、なんだよ」

「モーリも大変だね」

 モリオは頭上に飛び散っている、汚らわしい覗きコバエのうちのひとつを、憎々しげに一瞥して、言葉を続けた。「そんな恩のある国家を裏切れないよね……」

「……そうだよ、ね……」

 モーリの返事もどこか歯切れが悪い。

「ねえ、モーリ、覚えている? もしも戦場で僕たちが出会ったら、撃ち合うこと無く、手を振って別れようって言ったことをさ」

「も、もちろんだよ……」

「あれは、もういいんだ」

「え……?」

 どうやら、僕たちのこの場所での未来は決して変わることがないらしい。だったら僕は君のためになることをしたいんだ……。

「これが非情な戦争ということさ。さあモーリ、君は僕を撃つべきだ。でないと、君は国家反逆者とみなされてしまう。君は敵兵を見逃してはいけないんだ!」

「モ……、モリオ……」

「モーリがモーリのお父さんのことを考えるのは当然なんだ! 僕は君の敵兵なんだぞ!」

 モーリは自分の腰から、静かに、一丁のビームパルス銃を引き抜いた。そして言った。

「じゃあ、ここで死のうよ、ふたりとも」

 とても落ち着いた声。

  一瞬、モリオは言葉を失った。モーリはさらに言葉を続けた。

「君も僕も死ぬのなら、別に反逆には当たらないんじゃない? それだと、父さんの治療も切られることはない」

「モーリはそれでいいの?」

「うん、いい」

 そう言って、モーリは握った銃の銃口を自分の胸に当てた。

「そうか。分かった。そうしよう」

 そう答え、モリオも手にした銃にビーム弾カートリッジをはめ込んだ。しかし、それを自分の胸に当てるのではなく、モーリのほうに差し出した。「ホラ、いつもの友情の証、交換の儀式だよ」

「そうだったね。ぼくたちは最後まで親友だものね」

 モリオの銃をモーリが持ち、モーリの銃をモリオが持ち、お互いの銃を持ち換えたふたりは見つめ合って、ニッコリと笑った。

 ゆっくりと、各々、自らの心臓に銃口を向け、対峙した。

「じゃあ、撃つよ」

 モリオは言った。

「迷わないさ」

 モーリは答えた。

 二人は同時に引き金を引いた。錆び付いた廃墟の街に、ビームパルス銃特有のかん高い銃声が鳴り響いた。音は一発。

 心臓から大量の血を吹き出しながら、モリオは崩れるように倒れていった。と、その時、人生最後の予知図が見えた。やはり、モーリの未来だ。

「なぜ! どういうこと?」

 モーリは手にした銃を凝視した。ビーム弾カートリッジは、1の数字を光らせたまんまだ。

「モリオ!」

 叫びながら、モーリはモリオに駆け寄り、モリオの血だらけの身体を自分の両手の中に抱き包んだ。

「いい、んだ、これで……」

 モリオの声は声にならず、おそらくは、唇が小さく動いただけだった。かすみがかった眼には、もはやモーリの姿ははっきりと見えていなかった。しかし、モリオが幻視したモーリの未来は鮮やかに見えていた。

 戦争が終わり、街に平和が戻ったころの風景。緑が鮮やかな草原の中、モーリが一人の美しい女性と仲良く手をつないで歩いていた。その二人に向かって、正面から小走りに小さな男の子が走り寄ってくる。モーリに向かって、笑顔でパパ、と言ったその少年を、モーリは満面の笑みを浮かべながら両手で高く抱え上げ、その子の頬にキスをして言った。

「大好きな我が子。パパが一番愛しているのはお前だよ。僕のモリオ」

  ああ、モーリ、本当に君はなんていいやつなんだ……。

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