第四章

第21話

 戦闘終了後、僕はしばらく自失していたが、いきなり繋がった司令部からの通信によって帰投命令が出され、〈アルフェラッツ〉をほんの二キロ先の横須賀基地内の格納庫まで移動させた。

 本当は基地に帰る前にフィオナを降ろしたかったんだけど、《そこに乗ってるのは誰だ》と指摘されてしまい、機会を失ってしまった。それだけなら誤魔化せたのだが、ご丁寧にフィオナが応答してベラベラと余計なことを喋ってしまったがために、そういうわけにもいかなくなってしまった。空気読めよ、お前。

 というわけで、現在第七格納庫に〈アルフェラッツ〉を移動させ、金属製の四角いフレーム内に機体を納め、腰部と両肩、両脚を固定し、機体をロック。胸部装甲が開き、コックピットブロックが斜め前にスライドし、ラダーを使って僕は久々に地面に足をつけた。まだ戦闘終了から一時間くらいしか経っていないはずなのに、自分の足で地面を踏みしめる感触が凄く嬉しく感じた。ヘルメットを脱ぐと、顔も髪の毛もびっしょりと濡れていた。生暖かくて不快なはずの夏の熱風が、不思議と心地よく感じられた。

 僕が降り立つと、郷田さんや高遠さんを始め、格納庫内のスタッフが僕の周りに集まってきた。

「よう、大活躍じゃねぇか」

 郷田さんの言葉が、凄く嬉しかった。

「ハハ…、必死で動かしてたんで、よくわかりませんでしたけど」

 汗だくの、力ない笑顔で答える僕の声は、どこか震えていた。今こうしていること自体に困惑している。生き残った、帰ってきた、という実感が、改めて湧いてきた。

「凄かったよ、龍斗君」

「すげぇな」

「あれが初の実戦だとは思えない動きだったぜ」

「ま、腕はぶっ壊れたみたいだけどね」

 口々に賛美の声がかけられた。中には皮肉ってる声も混じっているが、やり遂げたんだという感慨が一気に押し寄せ、とても照れ臭くなった。

 そこへ、新たに親しげな声がかけられた。青年の声に振り返ると、青と白のパイロットスーツを着た、汗だくながら、表情は涼しげな芦原大尉が右手を挙げていた。

「大尉、無事だったんですね」

 安堵でどっと溜息が洩れた。かなり激しい破損を受けたように見えたから、死んだ、とまでは思わなかったが、てっきり大怪我でもして救護室に運ばれていると思っていた。

「言ったろ?俺はまだ死なないってな」

 親指を立てている芦原大尉は自慢げだが、二股(三股か四股かわからないが)とかかけてることを思い出すと、どうも締まりがないように思ってしまう。

 ただ、〈ペルセウス〉はかなり絶望的な状態とのことだった。左腕は肘から先、右脚は太股から先を消失、左足メインフレーム湾曲、背部スラスター全基圧壊、頭部アンテナユニット全損、その他ケーブル類が二〇本近く断線しているらしい。

 余計な仕事増やしやがって、と郷田さんが言うが、その顔は本当に怒ってはいない。とにかく、目の前の危機を乗り越えたという達成感の方がそれに勝っているようだった。

 そんなにこやかな、歓喜の飛び交うこの場の空気が、ラダーのモーター音と共に降り立った一人の少女によって一変した。

 シンと静まる空気の変化は、まるで砂漠の昼夜の変化を思わせた。

 少女は白いTシャツにジーパンというラフな格好で、長い髪を押さえながら、平然と地に足をつけた。ふぅ、という吐息が、やけに大きく聞こえた。

 それを見計らったかのようなタイミングで、整備班の波を掻き分けて、銃で武装した保安要員十人が、憮然とした様子の少女を取り囲んだ。

「こちらの指示に従え。抵抗する場合、射殺も許可されている」

 三〇歳も半ばくらいの男性士官が、M4A1ライフルの銃口を向けて告げた。銃口は、その全てが少女の頭や胴に向けられている。

「待ってください、彼女は――」

 僕はいきなり銃口を向ける男性と少女の間に割って入ろうとして、

「相模少尉。司令より出頭命令です。ご同行下さい」

 別の二五、六歳くらいの女性下士官に告げられ、動きが止まる。

 周囲では突然の事態に、相変わらず凍りついたままだった。

「おいおい、こいつはどうなって…」

 この状況に、芦原大尉が無理に明るく振る舞って口を挟むが、

「司令からの命令です」

 迅速な回答と統率された動きで、彼らはフィオナの腕を拘束し、僕にも視線でついてくるように促した。

 僕は目の前の事態に困惑し、しかし同時に危機感を覚えながらも、逆らうことなく保安員に同伴した。

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