第11話

 僕と芦原大尉は午前中ずっとレストルームで配布された資料を読んでいた。しかし、三〇分以上読んでいるが、まだ半分以上残っている。なにせ膨大な資料だ。どれくらい膨大かというと、業務用ホチキス一発じゃ纏めるのが厳しいくらいの厚さだ。読んでる方も嫌になってくる。

 それでも読まなければ、被害を被るのは自身であり、やがてそれがこの基地に波及する。

 やるしかないのだ。この開発コンセプトから始まり、スペックと操縦方法とフレーム構造と各部装甲強度と武装と……………、とにかく色々なことを頭に叩き込まなければならない。開発チームが設計し、整備班も組み立てを続けてきたものを投げ出すことなどできないのだから。

 一応計算上の、カタログスペックでは走行時の最高時速は一五〇キロ、垂直跳び一〇メートルだそうだ。新開発の小型高出力の核融合炉である『分子反応炉モレキュールリアクター』は出力三〇〇〇キロワットを叩き出し、反応速度に関しては、駆動にはVIMFという電圧を加えると伸縮する特殊な繊維(Voltage of the Identification Muscle Fiber 特定電圧型疑似筋肉繊維)のお陰でより人間に近いモーションで、応答速度も従来の二倍以上であるという。

 基本武装は毎分一〇〇〇発を発射する四〇ミリアサルトライフルと、左右の腕部ウェポンラックに収納されている高周波振動ナイフ、掌に仕込まれたワイヤーアンカーガン。普通の武装といえばそうなのだが、変幻自在に空を舞うハルクキャスター相手には、些か不安の残る装備である。単体では空も飛べない(ごく当たり前なのだが、敵が飛んでいることを考えると心許なくなる)。

「お、換装モジュール結構あるな」

 隣に座っている大尉は紙コップのコーヒー片手に感心している。

 僕もその記載部分に目を通すと、確かに〈ペルセウス〉と〈アルフェラッツ〉には戦局に合わせた換装システムがあるらしい。

 高機動空戦モジュールのシュネルレイダー。

 砲戦モジュールのエクサクトレイダー。

 重装甲モジュールのパンツァーレイダー。

 近接戦モジュールのシュベルトレイダー。

 水中戦モジュールのデルフィンレイダー。

 と、よくここまで考えたものだと思う。特に、水中用モジュールなど、水中モーターと大小の魚雷を装備するだけという安直なものだ。ネタじゃないよね?

「でも、なんでこんないくつも換装パーツ用意するんですかね?」

 そこまで汎用性に拘るのかと、僕は疑問を覚えた。仕様を見ても、とても戦闘中に換装できる代物ではない。そうなるとわざわざ基地内で換装作業をすることになるが、だったら固定装備させた機体を生産すればいいのに。

 そこまで思って、しかし自己完結してしまった。そもそも、この機体はハルクキャスターに対抗するための試作機だ。だったらその有用性を証明しなければ量産しても無駄だ、ということだろう。

「それは、時間とお金がないからだよ」

 うんうんそうだろうね。いやまったく………………、

「って、司令!?」

 後ろから発せられた声を不審に思って振り返ると、どえらい階級章を付けた青い軍服が見えたので、僕はひっくり返りそうになった。

「どうしたんですかこんなところで!?」

 僕は突然の事態に面食らってしまう。

「サボりに来たか?」

 芦原大尉は笑いながらそんなことを口走った。

「いや、流石に司令ほどの人がそんなこと…………」

「あ、ばれちゃった?」

 僕がそれはないでしょ?と言おうとしたら、あっさり司令官殿は認めてしまった。

「いやー、なんか今日はもうやる気使い果たしちゃってさ」

 まだお昼前なのに?

「それに、働き詰めの菜奈のことが気になって、それどころじゃなくてさ……」

 高遠准将は妹をかなり溺愛しているという噂を耳にしたことがあったが、どうやら本当らしい。

「それに、もし倒れでもして誰かに介抱されているうちに、劣情など抱かれたら!」

 なにやら話がおかしい方にシフトしてきた。落ち込んだと思ったら、急に肩を震わせて拳を握り締めているし。

「菜奈ってかわいいし、プロポーションもいいから、その場の勢いであんなことやこんなことを……、うわぁぁぁ!」

 僕は高遠司令に対する認識を改めなければならないらしい。溺愛とか、そう言うレベルじゃない。一般的に、こういうのをシスコンっていうんだと思う。

 そんなどこか壊れてしまっている司令をよそに、なにやら隣に座る芦原大尉は唸っていた。なんだろう?

「そうか、そんなにか…、ってことは、かなり着痩せするタイプなんだな」

 何か呟いているが、僕は何も聞かなかったことにしたい。

 しかし、それを聞き流せない人物が一人いた。

「芦原瀬人大尉」

 さっきまで壊れていたはずの司令は、ここにきて急にキャラが変わった。いや、この微笑みはむしろいつもの司令に戻ったといった方がいいだろう。

 司令は大尉の肩をがっしりと掴んで言う。

「君の噂は聞いているよ。別にそれを咎めようなんて思っていない。でも、もし高遠菜奈技術少尉に手を出すようなことがあれば…」

「あ、あれば…?」

 何となくではあるが、大尉の顔が強ばっていた。というか、必死に笑顔でも作ろうとしているのだが、ここでミスをすればやばいというのがわかっているのか、表情が引き攣っている。

「軍法会議じゃ済まさないよ?」

 なんか職権乱用という言葉が僕の脳裏に過ぎった。溺愛する妹が職務上叱られるのはしょうがないことだと理解はしているようだが、妹の恋愛に関してはかなりうるさいようだ。もし職務上叱っているのが気に障ったなら、郷田さんなんか司令に惨殺されかねないだろうし。

「この世に生を受けたことを後悔したくないだろう?」

 更に司令は肩を強く握って念を押すように言った。

 なんか怖いです。家では家でフィオナが時々怖いと思ったことがあるが、この司令は妹のことになると見境をなくすようだ。下手なことを言えば、腰のホルスターから抜かれた九ミリ拳銃によって大尉の頭がスイカ割り状態になりかねない。

 ミスタープレイボーイもあんまりふざけていられる雰囲気でもないことを察し、

「了解しました、サー!」

 なんかやけくそにも聞こえたが、大尉は司令の腕から逃れられた模様。とりあえず、基地内で殺人事件が起きなくてよかったと安堵する。

 結局、その日はセンチ単位の紙束集とにらめっこし、シミュレータ訓練に入ることとなった。

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