フィルタリング・リング

常川悠悠

短編:完結済み

 内部の情報をもらさないためのフィルタリング処理だった、と刑務所を出る時の書類に書いてあった。

 が、そんなものに意味なんかあるわけがなかった、なぜならば。

 私が彼女を■したこと、彼女が私を■したこと、それはお互いの目を見ればわかっていて。

 二人の間の■■を、誰かに言うわけないからだ。

 街を歩きながら、私は彼女のことをつらつらと思い出す。


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 直前、私を■して、と彼女は言った。囚人へのフィルタリング規制なんて私と彼女には意味がなく、それを聞いた私はただ首肯した。

 ゴングが鳴り響く。■せ■せ、と怒号が会場リングを満たすよりも早く私の右足は彼女の左脇を狙った。

 肉をつぶす手応えを感じる余裕もなく、彼女が蹴りを喰らうのにも構わず放ってきた右ストレートを間一髪でいなす。

 タッ、と少し距離を取る間に、派手な開戦に観客が沸く音をどこか遠くに聞いていた。


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「こんにちは、新入りさん」

 集団房に移った当日、看守が去った後、ルームメイトとなった彼女は私ににこやかに微笑みかけてきた。

 やけに顔が整っている。短くされた髪はそれでも十分にツヤとしなやかさを保ち、大きな目は澄んだ空気の夜空のような輝きで、それを直視した私は言葉に詰まってしまう。

 そのことを、当時の自分はなんて■かだったのだろうと思い出す、なぜならば。

「あら、今度の新人は挨拶もできないのかしら。ずいぶん■■なのね。きっと親が■■なのね、かわいそう。ところでなにをしてここに?■した?それとも■■?待って、当ててあげる、■■よね、だって挨拶する程度の知能も礼儀もないなら大した■■もできないもの、■■あたりが限界よね?」

 このルームメイトは口を開けば規制されるような超フィルタリング対象■■女だったからだ。


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 それからどれくらいたっただろう、髪をたしか三回切るくらいの期間私は彼女と■■な日々を過ごし、いつだったか私は、食事中に彼女から「試合」の存在を聞いた。

「ここではね、■■の対象になった人は二人ずつ選ばれるの」

 そのころにはもうこの余計なフィルタリングにもいい加減慣れてきていて、無駄な言葉を重ねなくても黒塗りされた裏の言葉がわかるようになっていた。

 目を見ながら話すのがコツだ。言葉ツラより、それを言う時の目を見ると、なんとなくわかる。そのときは、「嫌なものをいう時の目」だった。

「なんでまた」

「えーとね、あなた、外にいたときの■■ってどんなの想像していた?」

「そりゃ、紐とスイッチ」

「よね、そんなのないの」

 は?と少し大きな声をあげてしまい、看守ににらまれる。首をすくめた私は小声であらためて彼女に聞く。

「どういうこと」

「紐とスイッチじゃないの、これ」

 そう言いながら彼女はぐっと右手の拳を握りしめて見せてくる。

「■りあい、ってこと?」彼女は首肯する。

「なんでまた」

「端的にいって、見せ物」そういうと彼女は■■しげな目で呟く。「わたしたちが■■しながらぶつかり合うのが楽しい、っていう方々が大勢いらっしゃるの。」

 試合とは要は■りあい、■しあいである。■■対象になるのは同時に二人、その二人のうち■んだほうが■■執行、もう一人は恩赦の権利を得られる。

 なんでそんなアバウトな■■制度になったのかはもう誰も覚えていない。が、確かにその制度が機能していて、この世界がろくでもないことだけが確かだった。


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 また、いつかの夜を思い出す。

「ねえ、外に出られたら、したいことある?」彼女はふいに聞いてきた。

「■■かな」

「即答ね、そこまで真顔で言われるとなにしたいのかわからないわ」

「ここじゃ規制されることを、法律に則った範囲でめいっぱい」

「わかりやすくなったわ」彼女はそういって笑う。長い手足が囚人服ですら魅力的に見せ、少し余る足首を月が照らしていた。

「あなたは?」私は彼女に聞く。

「そうね……あなたとお出かけしてみたいわ」

 私は目を見開いた。彼女は悪戯をするような顔で喋る。

「だって、あなたあまりにも■■なんだもの。たとえば一緒にショッピングにいってもきっと■■なところが沢山見られるんでしょうね。映画行ってもカフェに行ってもずっとあなたは■■、とても■しい気分になるでしょうね

 いや、すでにあなたが外に出ることを思うだけで■しいわ、私は別にいなくてもいい……」

「■・■・■・■・■」私はわざとらしく嫌味ったらしい顔をして、それから耐えきれず吹き出した。彼女も同じように笑い、笑いがおさまったころ、急に真面目な顔になった彼女は私を見つめてきた。

 3秒ほどたって、彼女から私に聞いてくる。

「もしかして、■■したい、とか思ってる?」

「そこまで真顔だと何を指しているか」

「わかるでしょ?」

 月明かりが傾いて、彼女の唇、それから胸元を照らしていたことを、やけに覚えている。


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 そのあとで彼女は私にささやいた。

「ねえ、きっと外に出てね」

「……あなたもね」

 彼女は答えなかった。


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 試合はくじ引きで、紐とスイッチによって行われる。

 三人同時にスイッチを押したかはどうでもいいが、その日選ばれたのは私と彼女だった。

 看守から選ばれたことを聞いた瞬間、私は彼女のほうを見て、彼女は私のほうを見た。

 彼女の顔の上では、感情の軍隊が戦線でせめぎあっていた。希望、■■、友情、■■、■■、■■。

 きっと私の顔の上でも同じ戦争が起きていて、もうどうしようもないことだけがわかっていて、乱雑ながらんどうになった部屋で、以上、という看守の声が響いた。


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 遠くに聞いていた歓声が戻ってくる。■せ、■せ、■せ。試合会場は声と熱の渦だ。

 私は彼女を注視する。左脇への蹴りは確実に入った。次は足。

 左拳で牽制しながら、注意が向いた瞬間に彼女の左足を刈る。ぐら、と傾く体の肩を思い切り押し、床に組み伏せる。

 試合は一方的だった。

 私は彼女の首を狙って勢いよく拳を叩きつける。彼女はそれを腕で防ぐが、次第にガードが緩んできて、次で最後だ、と思った。

 その瞬間、私は彼女と目が合った。

 その目はまっすぐ私を見つめて、潤んだ目で口を開く。

「■■■」

 拳は勢いをそのままに彼女の首をくだき、勝敗が決まり、会場の熱は最高潮に達し、私は恩赦になった。


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 フィルタのなくなった耳で、街のざわめきを聞きながら歩く。

 ショッピング、映画、カフェ、なにをしていても、頭の中の彼女が声をかけてくるようだった。

 どう考えてもあなたには■■でしょそれ、ずいぶん■■な演出だったわ、ああ、■■、なにこのコーヒー■■■■い。

 フィルタのかからない外では街ゆく人が眉をひそめそうな表現を、きっと彼女は呼吸と同時に私に叩きつけて。

 それでもなぜか、目だけはきらきらと輝いていたのでしょうね。

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