思い出に残る授業

砂上楼閣

第1話〜ルービックキューブ

授業開始のチャイムが鳴り、先生はおもむろにルービックキューブを取り出しました。


先生「これからいくつか質問をしようと思います」


私たちの視線はルービックキューブに釘付けです。


なんで、どうして、どうなるの、そんな好奇心を刺激され、みんな先生がどんな質問をするのか聞き入りました。


だってルービックキューブです。


学校の授業中、100歩譲って学生が取り出すならば分からなくもありません。


しかし先生が、授業開始と同時に、ルービックキューブを取り出したのです。


私を含め、生徒たちはみんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたことでしょう。


何せルービックキューブを取り出した先生は、優しくも厳しい事で有名で、あまり冗談を言うタイプではありませんでしたから。


先生は手に持ったルービックキューブを手のひらに乗せて胸の前に持ち上げ、反対の手でそれを指差して、何人かに同じ質問をしました。


先生「これはなんですか?」


生徒「ルービックキューブです」


みんな同じ答えです。


見たまんま、ありのままに、ルービックキューブをルービックキューブだと答えました。


同調圧力ではないですが、1人目がルービックキューブだと答えれば、まんま答えはルービックキューブなのですから、2人目以降もルービックキューブだと答えるのは当然だと言えます。


続いて先生は別の質問をしました。


手のひらにルービックキューブを乗せ、胸の前に持ち上げたそのままの姿勢で。


体の向きを変える事なく、座った生徒から見える角度のルービックキューブを指差しながら。


先生「では、これは何色ですか?」


教室の右側、正面、左側、何人かにそれぞれ同じ質問をしたのですが…


生徒「青色です」

生徒「赤色です」

生徒「緑色です」

生徒「青と赤です」

生徒「赤と緑です」

……


それぞれが別々の色を答えていきました。


それはそうです。


ルービックキューブは六面体。


6色の面の色を全て揃える立体パズルなのですから。


生徒はみんな席に着いているので、場所によって見える角度も色もバラバラです。


答えもバラけるのは当たり前。


すると先生は、「よく見ていて下さい」と言って、手のひらの上でルービックキューブを横に回しました。


青赤緑、そして橙色。


回転したことで見えなかった後ろの色も分かりました。


一回転して再び同じ角度になったルービックキューブを指差して、先生は質問しました。


先生「では、この正面の反対側の色が分かる人はいますか?」


質問方法が変わりました。


ルービックキューブを回転させて、正面にきた色を指差しては質問していきます。


これまでは指名していたのですが、今度は挙手制です。


今度も答えはバラけましたが、全員同じ答えと言えるでしょう。


一度見ているので、後ろに何色があるのかは分かっています。


先生「では、これの上の面が何色か、分かる人はいますか?」


生徒「「「…………。」」」


誰も手をあげませんでした。


ルービックキューブの上の面。


側面の色しか見ていないので、答えようがありません。


先生「先生からは上の面が何色か見えています」


生徒「「「…………。」」」


先生「上の面の色は白です」


生徒「「「…………。」」」


先生「では、上の面の色が何色か分かる人はいますか?」


何人かの生徒たちが、おもむろに手をあげます。


先生「…………。」


先生は黙ってクラス全体を見渡しました。


段々と手を挙げる人は増えていき、ほとんどの生徒が手をあげました。


先生「手を下げてください」


みんなが手を下げると、先生が話し始めます。


先生「いいですか、同じルービックキューブでも、見る角度が変われば見える色も変わります。角度によっては1色だけだったり、2色、3色見る事もできます。しかしそれだけではありません。裏面や隠れた面もあります。見えるものが全てではありません。一面だけを見て全てを理解したつもりになってはいけません。全方位、あらゆる面から見て、考えて、判断して下さい。その立ち位置からでは決して見ることのできない面があることを覚えておいてください」


そして、ルービックキューブを動かして、上の面が見えるようにしました。


白です。


先生「では、白い面の後ろの色が分かる人はいますか?ちなみに先生からは水色に見えます」


さきほどよりも早く、生徒たちは手を挙げました。


先生「何色ですか?」


生徒「水色です」


先生「何色ですか?」


生徒「水色です」


……。


何人かに同じ質問を繰り返して、返ってきた答えはみんな同じでした。


先生「答えは…」


先生がルービックキューブをひっくり返すと、白い面の裏側は黄色の面でした。


何人かが小さく声を上げました。


先生「なぜ、みんなはルービックキューブのこの面が水色だと思ったのですか?……そう、先生が水色だと言ったからです」


先生はルービックキューブを机に置き、教室全体を見渡しました。


先生「先生は先程言いました。『見えるものが全てではありません』と。みなさんは見えてもいない色を水色だと、見てもいないのに信じましたね。それはなぜか?先生の言葉を信じていたからです」


先生は申し訳なさそうな顔をして言いました。


先生「先生が嘘をついたことを謝ります。そして皆さんには覚えておいてほしいのですが、それまでの言動が正しかったからといって、これからも全てが正しいことなどあり得ません。どんなに立場のある人や、実績のある人だって失敗をすることもあれば、間違えることだって当然あります。先生だってそうです。人の言葉を鵜呑みにして情報に踊らされないでください。世の中の全ての情報が正しいとは限らない、むしろ間違った情報は多々あります」


先生はルービックキューブを両手の指先で持つと、カシャカシャ音を立てて色を崩していきます。


先生「ましてや情報とは複雑なもので、一色だけとは限りません。同じ一面だけでも、これだけ情報は混ざり合っています。正しい情報もあれば、誤った情報が混ざっている場合もあります」


先生はバラバラに色が混ざり合ったルービックキューブを手に持ち、


先生「様々な面から見て情報を精査して、要素ごとにまとめることで、改めてこれだけ分かりやすくなるのです」


カシャカシャカシャ…!


あっという間に一面の色を揃えました。


クラス中に感嘆の声が上がりました。


先生「ちなみに標準的なルービックキューブは色の配置が同じなので、知っていれば見えない面の色を推測することは可能でしたね。これが皆さんが普段授業で学んでいる基礎的な知識だったりするので、きちんと授業を受けて、誤った情報や知識に踊らされないようになりましょう」


先生はルービックキューブを教壇に置きました。


先生「では教科書の45ページを開きましょう」


いつもは眠そうにしてたり、授業に集中してない人もいますが、この時のクラスメートたちはみんな授業に引き込まれていました。


見方、考え方、視点、意識、それらが変わるだけで同じ授業でもまったく違うように感じるものです。


たった一つのルービックキューブが、教室の雰囲気を一変させてしまったのでした。


先生「そうそう、ちなみにですが。この中の仕組みを知っている人はいますか?」


先生は再びルービックキューブを手に持ちます。


まだまだ面白い授業は続くようです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出に残る授業 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ