ヤングタイマー ③

ミーティング当日まで三人のアルバイトの休みが合わないので、洗車などのメンテナンスは各自で行うことにした。真希はいつものオタク気質からYouTubeで研究して道具を買い揃えていたし、美佳はカフェ・ゴトーのガレージの洗車道具を借りると言っていたが、美佳に甘い後藤氏の事だからまあ何とかなるだろう。


半ば道楽、後藤氏の胸先三寸で如何様にもなるカフェ・ゴトーと違い、凛子の職場であるガソリンスタンドの機材は商売道具なので好き勝手に私用はできないため、ジェミニの洗車は自宅の庭で行うことにした。


「ん〜北海道は夏でも朝は涼しいな。そんじゃあやりますか……」

土曜の早朝、凛子はベッドから起きると髪をいつも通りポニーテールに纏め、部屋着兼、寝巻にしているラージサイズのTシャツの裾を結び、足元はドルフィンパンツにサンダルといった隙だらけの格好で作業に取り掛かる。

予備洗い、水垢取り、本洗いと息つく間もない作業も、仕事で繰り返すうちに鼻歌混じりにできるほど手際が良くなった。水垢除去剤やホイールクリーナーなどのケミカルを効果的に使うことで、洗車していくうちにジェミニに蓄積されていた汚れがリセットされるのを感じる。

仕上げにはアルバイト先でもおすすめしている、スプレータイプのガラスコーティング剤を使うことにした。事務所の新品を買おうとしたら、「半分使いかけのあるからあげる!」とアキラがタダでくれたものだ。


「本当は研磨するか、固形ワックスの方が艶が出そうだけど……まあまあ、いい感じじゃない?」

一通りの洗車を終え、輝きを取り戻したブリティッシュ・レーシンググリーンのボディを凛子が満足気に眺めていると悟が声を掛けてきた。


「朝からやっとると思ったら。こりゃあえらい、俺も時々洗車はしていたけどここまで綺麗にしたことは無かったな、きっとこいつも喜んでるよ!して、ばあちゃんが朝飯呼んでるから、おいで。」

「そうかな、そうだといいな。今日の朝ごはんはなに?」


朝食は好物のベーコンエッグとベーグルだった。

車内の掃除と内窓の拭き上げは朝食の後にしよう。



    ◇



あくる日、ミーティング当日、三人は道中のコンビニで合流して小樽へ向かう。国道5号は札幌と函館を結ぶ北海道唯一の一桁国道であるが、小樽、余市までは海岸沿いに抜けるワインディングロードが続く。

さすがに幹線道路ということもあり固定式オービスが設置されるなど無闇矢鱈にスピードを出せるような場所ではないが、家族連れのミニバンに乗せられた子供がスリルを味わうには十分だろう。


しばし三台でゆるいドライブを満喫して会場の市営駐車場に到着すると、場内には国産旧車や90〜00年代スポーツカー、音響カスタム、VIPカーや欧州車まで揃い、まさにオールジャンルの様相を呈している。特にステージから近いエリアは、既に派手な改造車が軒を連ねている。

アワードを狙うと意気込んだものの、いざ気合の入った参加車両を目にした三人は気後れもあり、車の少ない隅の区画に自分たちの陣地を構えることにした。


三人はアワードのためのエントリーボードの設置などの準備を終えた。それから会場内を歩いていると、真希は欧州車オーナーたちのフリーマーケット、美佳はB級グルメのケータリング販売にそれぞれ吸い寄せられていったので、凛子はひとりで他の参加者の車を見て回ることにした。


女子の参加者は珍しいからか、車を見ているとどんなオーナーたちもこぞって凛子に話しかけてくる。

凛子もアワードのアピールに用意したチラシを配るチャンスとばかりに会話に応じる。


古いスカイラインのオーナーだという中年の男性は、さぞ長いことそのクルマに乗っているのかと思いきや、幼い頃からの憧れでまだ手に入れて2年目だそうだ。

けれど、去年だけで10,000km以上を走行しており、今年も本州に渡ってスカイラインのミーティングに参加するつもりらしい。


車高を限界まで下げたレクサスのオーナーのお兄さんに話しかけられたときは、雄を主張するようなツーブロックと鍛えられた腕の厳つさに凛子もうろたえたが、話を聞くうちに工夫を凝らしてわざわざ不便な改造をすることや、クルマを改造するために食事を切り詰める日々を自虐しだした一幕には、思わず笑ってしまった。


「どんな人も自分の車のこととなると同じ顔になるね。……わたしはどんな顔をしているのかな。」

色々な人たちとの会話を通じて、誰しもがそのクルマに至るストーリー、重ねた日々があり、それぞれに愛着があることを感じた。


<続>

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