外伝

雨の男

「なんだよ急に、お前だって同じじゃねえか。」

「お前と俺は似ているようで違うんだよ。」


脳裏にこだまする言葉をかき消すように、雨の中を一台の車が峠道を走っていた。

運転している男は名を内藤万次郎という。

内藤は自分の愛車であるKP61型スターレットでなじみの峠を走っていた。この峠はいつも仲間と走っている、自分にとって特別な場所だ。しかし、最近は仲間たちが次々と引退し、今日はひとりで走ることになっていた。


高校を卒業して数年、これといった目標もなく昼間はバイトして夜は車を転がす日々。別に俺はこんな生活で悪くねぇ、そう思っていた。


内藤は雨でグリップが薄い感覚を楽しみながら軽量なスターレットで峠を攻めていたが、バックミラー越しにヘッドライトが近づいてくるのに気がついた。

その車は直線こそスターレットと変わらないもののコーナーで速度が落ちることがない。内藤はそいつがどれだけ速く追いついてくるのか、どんな車なのかバックミラーで確認した。

それは、いすゞ・ベレットGTだった。


「おいおい、何だ、この車?こんな雨の中で、よく追いついてきたな…」


内藤は思わず振り返って興味津々でベレットを見つめた。彼はその車の運転手が誰か知らなかったが、その走りはまるで雨が降っていないかのように滑らかで速かった。


「何だろう、こいつの走りは…… なんでこんなに速いんだ?」


気が付いたらコーナーを抜けた先の直線であっけなく追い抜かれた内藤は、自分の限界を試すようにベレットを追いかけ始めた。しかし、いくら頑張ってもベレットは遠ざかるばかりで、内藤は焦りを感じ始めた。


「くそっ、どうしてこんなに差がつくんだ!」


内藤は悔しさのあまり、クラクションを鳴らし、ヘッドライトでパッシングを繰り返しながら、ベレットに追いつこうとした。とうとう内藤は限界に達し、車を停めた。息を切らしながら降りると、ベレットも停車していた。運転手である悟は運転席からゆっくりと降りてきた。


「こんな雨の日によく走るな。若いってのはいいね。」

悟は優しく微笑んだ。

「あんただって、同じじゃないか。」


「おい、あんたは一体何者だ? こんな雨の日にどうしてそんなに速く走れるんだ?」

内藤は怒りと興味に駆られて悟に詰め寄った。その時、悟はにっこりと笑って彼に答えた。

「雨の中でも速く走るには、タイヤと路面の摩擦を理解し、サスペンションやダンパー、ブレーキのセッティングを適切に行うことが大切だ。」


悟は内藤を観察して付け加えた。

「それに、お前の心に迷いがあるからだろう。ドライビングは心が大事だ。迷いがあると、車にもそれが伝わる。」


内藤は悟の言葉に驚き、興味津々で聞き入った。

悟のスキルは単なる小手先のものじゃない──気づけば内藤は悟に惹かれていた。


「教えてくれ、あんたみたいに速く走る方法を。俺もあんたのようになりたいんだ。」


悟は内藤の熱意を感じ取り、彼に自分の知識や経験を教えることに同意した。そして、二人はその後も峠で何度も練習し、内藤は悟の運転技術を身につけていった。


やがて、内藤は悟の勤務先で働くことになり、メカニックとしての技術も磨かれていく。悟との出会いが彼の人生を大きく変え、結果的に悟との友情が深まることになるのだった。


そんな悟と内藤の出会いは、雨の日の峠での一戦をきっかけに、お互いの人生に影響を与え、またその後のレース活動や地域のカーライフにも大きな影響を与えていくことになる。

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