7話 紫陽花

いろとりどりの紫陽花が、突然の夕立に小さな花弁を寄せ合わせ、じっと佇む姿に、どこか儚げな健気さを感じたものだから、思わずぼくは、隣に座る君の肩に腕をまわした。


「あじさいが君のようでね」


すんなり君は身をまかせ、肩にちょこんと頬を乗せた。

『求めるものなんてなにもないの』

あっけらかんと君は笑う。


その無垢な笑顔に、ぼくもただ、笑うことしか出来なかった。


『勝手に時間が証明するから』


日に焼けて、褪せて不鮮明だった君の記憶の輪郭が、すっと浮かび上がったような気がした。


There is nothing either good or bad.

But thinking makes it so.


『わがままにはなりたくないと思いながらさ、わがままでいたいなんて矛盾を抱えているの』

昔語りを終え、自嘲めいた笑みを浮かべながら君は呟いた。


誰かの世界では我儘なのかもしれない。

でも……


「ぼくの世界では、そうではない」


君がまた笑う。



苦手な夏を好きになることはないだろうけれど、夏の中にも君の影を感じることが出来たらいいと想った。


あの、紫陽花のように。





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