猫にまつわる干支せとら

磨糠 羽丹王

『猫にまつわる干支せとら』

「なあ、ネズミってムカつくよな」


 とある小春日和の柔らかな日。

 空地のポカポカする陽だまりに集まった猫が四匹、目を細めながらのんびりと日向ぼっこをしていました。

 ところが、その中の一匹が急に強い口調で語り始めたのです。


「俺たちはいつまでたっても猫年が来ないんだぜ。全部ネズミが悪いんだよな」


「まあ、そうですね」


「確かに」


「うんうん」


「そこでだ!」


 一匹の猫が背筋を伸ばします。いや、先ずは後ろ脚を伸ばして、続けて前脚を延ばしてから背筋を伸ばしました。


「俺たち猫族が中心となって、新たな十二支を作らないか?」


「おお、それは素晴らしい」


「で、でもさあ。俺達が勝手に決めて、他の動物たちが納得するかなぁ」


「ふふ。そこはちゃんと考えてある。キツネとタヌキだ」


「「キツネとタヌキ?」」


「そうだ。古参動物の彼らも今の十二支制度には腹が立っているはずだ。新たな十二支に無条件で加えると言えば賛同してくれる」


「なるほどー!」


「残りの九種類の動物を俺達が選べば全て解決」


「うんうん。素晴らしい発想だね」


「よし! じゃあ選考開始だ。一番年下のお前が候補を考えて俺達にPRしてくれ」


「わ、分かった。頑張るよ」


 年齢の割に博学な年下猫は一生懸命考え始めました。

 しばらくすると、起ち上がって三匹の前で姿勢を正します。


「自己紹介から始めれば良い?」


「ああ。しっかりとPRしてくれよ。徹底的に議論を尽くして新たな十二支候補として選出するかどうか決めるのだからな」


 審査する猫たちが大きくうなずきます。

 目を細めて真剣な眼差しで年下猫を見つめていました。


「じゃあ行くよ」


「「うむ」」


「初めまして、ミーアキャットです」


「「合格!」」


「ええぇぇ……PRもしてないのに、いきなりゴールデンブザー?」


「だって、お前『キャット』だぞ。断る理由があるか?」


「あ、うん。わかった」


「次!」


 いきなりの合格で度肝を抜かれてしまいましたが、年下猫は気を取り直して背筋を伸ばします。


「どーもー、カバだであ!」 


「おおー」


「バカっぽいけど、実は戦闘力高めで足も速いだであ!」


「みんなどうだ?」


「うーん。なかなか良いな。デカイし強いし。候補に選出!」


「異議なし!」


 カバは候補として選ばれた様です。

 年下猫の候補紹介は続きます。


「プシューーー! クジラだ! 巨大な我らはいかがかな?」


 大きなクジラを想像して、怖くなった審査員猫たちの耳が下がります。


「ご、合格です」


 年下猫のイメージ戦略のお陰かクジラもいきなり合格となりました。

 間髪入れず次のPRが始まります。


「イルカだよ。僕らは可愛いし頭が良いよ。人族って割とちょろいよね」


「おお素晴らしい! 合格!」


「知恵者のイルカに参加して貰えれば百人力だ。合格!」


 クジラと同系統の種族ですが、人族を卑しめる年下猫の秀逸なコピーで合格を勝ち取った様です。


「では、続きまして……。僕アリクイです! 長ーい舌と鋭い爪。アリ塚なんて木っ端みじんです」


「アリクイかぁ。ちょっとマイナーかなぁ」


「アリ塚を木っ端みじんって、俺達アリには恨み無いしなぁ」


「うむ。却下」


「えーと、じゃあ。おいらバクでーす! みんなの夢を食っちゃうぞ!」


「初夢ぶち壊しじゃん。却下」


「カワウソです! つぶらな瞳で虜にしちゃうぞ♡ 可愛いよー」


「いや、可愛いけれど日本では絶滅しちゃったじゃん。ちょっとイメージが悪いかなぁ」


「うん。却下だね」


 調子良く合格を勝ち取っていた年下猫ですが、ここに来て不採用が続きます。

 年下猫は一旦落ち着いて、ゆっくりと考えを巡らせました。

 次の候補に期待が高まります。


「チョロチョロ。あたしはね、リスだよ。小さくて可愛いよ! ほっぺに沢山の幸せを貯められるよ」


「うん、いい感じ」


「うん。ほっぺに沢山の幸せとか良いじゃん!」


「いや、異議あり!」


 もう一歩で合格になりそうな感じでしたが、物言いが付いてしまいました。どうしたのでしょう。


「みんな知ってるか。リスは集めた木の実を埋めて、その場所を忘れるらしいぞ。そそっかしくて忘れっぽいから、あいつらは干支候補向きじゃないと思うな」


「はあ、なるほど。忘れっぽいとか良くないな」


「自分の干支の年とか忘れてたら大変だもんな。納得の反論だ」


 リスの忘れっぽさが候補として相応しくないとの結論が出てしまいそうです。

 このまま不合格になってしまうのでしょうか。

 その時でした。四匹の目の前を一匹の猫が通り過ぎて行ったのです。

 ご近所で一番可愛いミケちゃん。

 四匹の猫たちは呆然としながら見送っています。


「可愛いなぁ」


「はぁ。お嫁に欲しい」


「本当に……」


「姿を見られただけで幸せだぁ」


 ミケちゃんが見えなくなると、そのまま座り込んで日向ぼっこを再開します。

 ポカポカの陽だまり。ゆっくりと流れる長閑な時間。

 目を細めて幸せそうにしています。


「なあ、ネズミってムカつくよな」


 突然の発言に他の三匹がハッとします。


「あ、十二支のオーディション!」


「おお、そうだった」


「リスは合格だったよな?」


「あ、うん。確かそうだったと思う」


 四匹は慌てて元の配置に付きます。


「じゃあ、次の候補を」


 年下猫がうなずいて背筋を伸ばしました。


「カンガルーだピョーン! お腹に大きな袋があるよ」


「おお! 袋とか福が貯まりそうとかで良いかも!」


「大ジャンプで飛躍の年! とか言われそうだね」


「うん。合格だな」


 再開後一発目のカンガルーは合格。

 幸先の良いスタートです。


「こんにちは。コアラです。抱っこして!」


「うん、いい感じ」


「コアラだもんな」


「コアラだからな」


「合格だな」


 好感触に年下猫がどんどん畳みかけます。


「僕はしあわせなウォンバットだよ」


「穏やかで可愛いなぁ」


「うーん、ウォンバットを選出するとカピバラ派と揉めるから難しいかも」


「なるほど。どちらも癒し系筆頭だもんな。これは選べない」


「えーと、えーと。あっしはカモノハシだカモ。ゆるキャラっぽくて可愛いカモ!」


「さらに可愛い系来た!」


「いや、あいつはヤバい。何か変な電気センサー内蔵のクチバシ付いてるし、オスは毒針持ってるし、メスは哺乳類なのに卵で楽々出産だし。色々チートだからやっかみで反感買いそうだぞ」


「いや、楽々出産なら安産の年とかで良くない?」


「それはそれで出生率が偏るからダメだろう」


「次!」


「我はタスマニアンデビルなり! 我にひれ伏せ!」


「おいおい、悪魔だぞ。干支は縁起を担がなきゃいけないのに悪魔はちょっとダメだろう」


「うーん。それじゃぁ……」


「ちょ、ちょっと待て。出て来る候補の生息域が南半球の一部地域に偏ってないか」


「あ、確かに。ごめんなさい」


 冷静な突っ込みで、年下猫は一旦落ち着く事にしました。

 そして、ある動物を思い付いて目を輝かせます。

 

「では……」


「……」


「……」


「……」


「……ナマケモノ……」


「!」


「……です」


「良いぞ! なんだか穏やかで良いかも知れないな」


「うん。みんなの憧れナマケモノ師匠だな」


「みんながゆっくりと過ごす穏やかな年になりそうだ」


「じゃあ合格?」


「いや、ちょっと待て」


「どうした」


「ナマケモノ年生まれってどうよ。社会人になってから『あー、あいつナマケモノ年生まれだもんな……』とか『これだからナマケモノ年生まれは……』とか言われそうじゃない?」


「うっ……それは辛いな」


「うん。人生ハードモードになっちゃうね」


「いや、でも捨てがたいな。ナマケモノは保留という事で」


「うん。後でしっかりと考えよう」


 ナマケモノは当落線上に残った様です。

 猫たちに「後で」が有るのかは分かりませんが……。


 年下猫は次の候補を一生懸命考えています。

 そして新たな閃きに胸を張ります。


「じゃあ、ユニコーンは?」


「おっ! おおー」


「空想上の生き物枠か!」


「でも、ほぼウマと言う所がちょっとなぁ……」


「じゃあ、ペガサスは?」


「お前、俺が言った意味分かって言っているのか? それもほぼウマじゃん」


「うーん。じゃあキリン!」


「キリン? 動物のキリンか?」


「いや、空想の動物枠だから、もちろん漢字で書く方の伝説のキリン」


「そっちか! じゃあここに漢字で書いてくれ」


「えっ?」


「えっ?」


「こ、これは大混乱を招くな……却下だ」


 これはなかなか冷静な判断。危うい所でした。


「えー。じゃあ、カメは?」


「カメかぁ。良いなぁ! 現十二支のウサピョンの対抗馬にピッタリだ。徒競走は絶対亀が勝つからな」


「うん。合格だな」


 空想上の生き物枠が何処に行ったのか分かりませんが、年下猫の頑張りは続きます。


「よーし! 続けてパンダ!」


「おおー。大物が来たな。これは手堅いか」


「いや、干支の年で忙しいと問題があるかも知れないよ。パンダは借りるのすら難しいみたいだし」


「うーん。そうかぁ」


「じゃあ、レッサーパンダにすれば良いじゃん」


「おお、レッサーパンダか! 可愛いなぁ」


「いや、可愛いけれどあいつら腹黒いぞ」


「それ見た目でしょう?」


「保証できるか? 何かあったら推薦したお前が責められるぞ」


「えー。じゃあ、クマ。ただのクマ。その辺の山に居るただのクマ!」


「お前クレーム来るぞ」


「だって、クマはクマじゃん」


「そー言えばさあ。そもそもクマってなんで十二支に入れなかったんだ」


「うーん。何でだろう……」


 四匹の猫たちは一斉に考え始めました。

 そう言われてみれば確かにそうかも知れません。


「分かった!」


「なになに?」


「冬眠するからだ! 冬眠していて神様の所に集まる事を知らなかったんだよ!」


「おお、なるほど。じゃあ、今回はクマ行くか?」


「いや、やっぱり冬眠が問題だな。一番忙しい年末年始に冬眠中だから行事に参加できませんはダメだろう」


「確かに。じゃあ却下だな……」




 長い長い議論が終わり、猫たちは遂に新たな十二支候補を選出する事が出来ました。

 いよいよ現行制度をひっくり返す一大イベントが行われようとしているのです。


「完璧なラインナップが完成した!」


「猫族による猫族を中心とした新たな十二支制度!」


「これほど偉大な十二支動物は二度と集まるまい!」


「皆、我ら猫族にひれ伏すのだ!」


 猫たちは全員背筋を伸ばし、興奮気味に胸を張っています。


「よし! じゃあ、今から神様に直談判に行くぞ!」


 話を始めた猫が嬉しくて堪らないといった感じで飛び上がりました。

 十二支制度の変更を求める為に、神様の所に乗り込むのです!


「……」


 ところが他の三匹が動こうとしません。どうしたのでしょう。


「あ、今からだと御飯の時間に間に合わない。吾輩を待って居る下僕の人族が可哀そうだ」


「確かにそれは大問題だ。下僕どもは我々が面倒を見てやらねばダメだからな」


「おお、そうか。じゃあ直談判はまた今度だな。まったく世話の焼ける下僕どもめ」


「うん。下僕の事なら仕方が無い。そうしよう」


 急激に盛り上がりを見せていた神様への直談判でしたが、御飯の時間には敵わないようです。

 結局、直談判は後日という事になり、猫たちは座り込んでしまいました。

 

 今日は小春日和の柔らかな日。

 ポカポカする陽だまりで、四匹の猫たちはのんびりと日向ぼっこを続けます。


「なあ、ネズミってムカつくよな」


 こうして猫たちの平和な日々は続いて行くのでした……。

 



               おしまい





 作:磨糠 羽丹王(まぬか はにお)

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