終わった世界の後始末

篠岡遼佳

終わった世界の後始末



「――――おっしゃることは、わかりました」

「そう? じゃあやってくれるの?」

「いえ、もう少し……せめて、この空気に慣れるまでは」


 そう言ってハンカチで額を抑えるのは、制服を纏った少女だ。

 深い焦げ茶色のブレザーに、チェックのスカート。スカートのプリーツはずいぶんはっきりとしている。おろしたてのようだ。


 少女は、はぁ、と息をついた。ずいぶん顔色が悪い。

 めまいのような、高層ビルのエレベーターの浮遊感のような、不可思議な感覚がまだ続いている。

 ちらりと視線をやると、なんだかやたら明るく笑う、白いシャツの男性が見える。


「大丈夫! 終わった世界の後始末なんだから、時間内に終わらせてくれれば、なにがどうなっても平気さ!」

「じゃあ――あなたが、が、やればいいんじゃないですか」

「真面目なひとじゃないと適任じゃないんだ。

 なにしろ、「世界の基礎」を作るんだからね」


 僕ってちゃらんぽらんなところが長所なんだよ! カミサマなんてやってるとさ、すべてに整合性を求めちゃ駄目なんだなって思うんだよね!


 言って、なぜだかカラカラと楽しそうに笑う。

 

 少女はもう一度ため息をついて、自分が立っている場所、そして周囲の状況を飲み込もうと、男性の後ろにあるものを見る。


 崩れたビル群。横倒しの電車。

 日本一高い電波塔は見事に途中から折れている。

 そしてそれらが、緑色の植物に侵食され、腐食仕切っていることも見て取れる。


 ここは日本の首都、東京。ただし、『終わった』後の姿だった。


 生き物の気配はしない。怪物が出てくるようなこともない。

 それは「もう他の世界に行ったか滅んだかの二択だよ」と、カミサマを名乗る男が言っていた。

 残ったのは植物だが、それも枯れ始めるような世界は、確かに終わりに向かっていることが実感としてわかる。


 目の前の男はカミサマを名乗った。

 少女のいた世界から彼女を攫い、時間も空間も越えてここに連れてきたのは、確かに彼なのだ。

 道中、「なんなんですか」「誰ですか」「勝手に何を」と責め立てたが、彼は――カミサマに性別があれば、だが――にこにことそれに答えた。

 「君を選んだ」「僕はカミサマ」「勝手に君を攫ったのは、まあ、ごめん、運命だと思って?」


 頭を振ると、濃い緑の匂いがする空気に慣れてきたことに気づく。少々酸素過多なのかもしれない。

 カミサマは目の前まで来ると、ぽん、と少女の肩に手を置いた。

 

「実はさ、あと「」ってやつで新しい世界が始まるんだよね。

 だから、腹くくってやってくれるとうれしいな」

「は? 一週間?」

「神ってやつは一週間にとらわれてるんだよ。7日間だけはなーんでもできるわけ」

「最後の一日は休息日なのでは?」

「そうだね、僕はそういう「縛り」があるから休むけど、君は働けるよ、大丈夫!」

 なぜか親指を立てたグッドサインを出して、バチーンと片目をつぶった。下手だ。


 カミサマはあらためて、にっこりと笑うと、

「新たなる幸福な世界への道しるべ。それが君だ。

 終わりのはじまり、なんてありきたりなものではない。

 この世界の「はじまりのはじまり」が、君だ」


 言いながら、どこからともなくふわふわとした穂先のホウキを取り出し、


、僕は真面目じゃないからね。

 君があと「一週間」でどんな風にしてくれるか、とっても楽しみだ」


 と、少女に手渡した。

 少女はホウキを受け取らされ、しかし、うつむいてぐっとこぶしを作った。


「――ひどいですよ、カミサマなのに」

「神様はたいてい酷くないかい? 君のいた世界は特にそうだったと思うけれど」

「わたし、がんばって、あそこまで行ったのに」

「うん、高層ビルの屋上なんて、よく出入りできたね」

「追い詰められれば、人間なんでも出来るものなんです」


 少女は、はぁ、といままでとは違う息をこぼした。

 それこそ、限界まで追い詰められたような――終わりに向かうような吐息。


「なんで、私を?」

「べつに? 僕には手が届いたのが君だっただけだよ」

「神様は、いつもひどい」

「そうだね、人類ひとびとのことなんて、ゲームの手駒ぐらいの感覚かな」

「――――どうして、死なせてくれなかったんです」


 血を吐くように彼女が言うと、神を名乗る男は、今度はその手で頭を撫でた。

 

「生真面目で、みんなの前では明るくて、でも苦しさをいっぱいに抱えて、だから誰より優しい君なら、僕のお願い、聞いてくれるでしょ?」

「ひきょうもの、さいてい、さいあく――」

「なんとでも言いたまえ。カミサマはどんな声も聞いてあげるよ」


「――終わったら、ちゃんと死ねますか」


「君が望むなら、「一週間」後、それを叶えよう。

 これは、僕自身と、君の存在との約束だ。必ず守るよ」

「わかりました」

「ちなみに、このへんから飛び降りても、君はこの世界ではほとんど神様だから、

絶対に死なないんで、そこのところよろしくね」

「はぁ……」


 ついに声に出してため息をつくと、少女は決意したようにすっと背を伸ばした。

 背の高い男と、顔を上げて視線を合わせる。

 男はまた笑いながら、彼女の長い髪を両手でくしゃくしゃと撫でると、


「期待してるよ。終わりたい君が、どんな世界を作ろうとしてくれるのか」


 そう、瞳を細めた――――。










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終わった世界の後始末 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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