フリーターが次に選んだ職業は暗殺者。神スレから賜った「液化金属」が無敵すぎる件 ~合理主義者の殺人譚~

@bondon

第1話 とある暗殺者とフリーターの日常

●とある暗殺者の日常


 何の変哲もない殺人日和。今日も彼は人を殺す。彼にとって死体が一つ増えようが、二つ増えようが、特に気に留めることのない話。昼下がりのランチに味噌汁がついてくるか否か。例えるならばその程度の些事であった。ちなみに彼の今日のランチには味噌汁はついてこなかった。


■■■


 アメリカ合衆国独立の都市、ペンシルベニア州フィラデルフィア。歴史ある建造物は多種多様な趣を道行く人に感じさせる。あるものはスーツ姿で職場に駆けていき、あるものは公園のベンチでハンバーガーを食べ、またあるものはスラムの一角で物乞いをしている。コンクリばしらの群生地帯から少し離れた郊外の別荘から聞こえてくるのは一発の銃声。


「痛いなあ……。別に無敵だが無痛ってわけじゃないんですよ?」


 呼吸を荒くした白衣の老人から放たれた弾丸は、侵入してきた暗殺者の頭部を捉える。普通の人間ならば即死であろう攻撃。その弾丸は暗殺者を斃すことも、それどころか戦闘不能にすることさえなかった。着弾部分の額が水銀のように揺らめき、鉛の塊は推進力を失い床へと零れ落ちる。


 いまだ武器を抜かない無手の状態の暗殺者に再び次の銃弾を叩き込もうとするが、予備動作なしで老人の人差し指が宙を舞い、飛び散る鮮血が暗殺者の綺麗な銀髪を汚す。痛みに顔をゆがませてうずくまる老人。


「こんな辺鄙な場所、銃声が鳴ったとしても誰も来ないとは思いますが一応は」


 彼は端麗と言っていい容姿である。ただその美貌は童話の登場人物が無理やり現実へとねじ込まれたような。非現実さを感じさせた。ゆるくウェーブのかかった銀色の髪が微風を受けて揺れて光る。猫を思わせる紅く縦長の瞳孔もまた怪しく光り、しかし一切の揺らぎがない。ほっそりと華奢な体躯と相まってその美しさは全く性別を感じさせなかった。この状況の非現実さも相まって彼の美貌は焦燥と恐怖を老人に与えていた。


 色素の薄い彼の唇が形を変える。


「奪いに参りました」


(……十分想定していた答えだ。それなのに震えが止まらない)


「『フィラデルフィア計画』」


 状況に不釣り合いなほど美しく怜悧な声。


「最後の一ピースがここにある」


「頼むッ……! 見逃してくれ! 殺し屋、だろう? 誰に雇われた? 報酬は倍払う! 助けてくれっ!」


 その提案に取り付く島もなく暗殺者は突拍子もない問いを投げかける。


「仕事をするうえで一番大切なことってなんだと思いますか?」


(わからない。何を言っているのか理解が追い付かない。しかし一つだけわかる。これは“死刑宣告”だ)


 老人の返答を待つことなく、暗殺者は鬱陶しそうに乱れたネクタイを締め直しながら言葉をつづける。


「『信頼』なんですよ。簡単に裏切ったり、寝返ったりしたら『信頼』を喪失する。長い目で見ると損なんですよね。倍額払われようと」


 暗殺者の右腕が徐々に形を崩していく。白銀のそれは別個の生き物のように蠕動ぜんどうし、変形し、とある武器の形を成す。それは古代ギリシアの時代より存在する兵器。“ボウガン”


「なので私は命令通り殺しを遂行するだけ。あぁ、心配しなくともあなたが生涯かけて培った研究は無駄にはしません。私が引き継ぎます。ゆっくりと眠っていてください。永久とこしえに」


 先ほどの意趣返しと言わんばかりに自分の被弾箇所と同じ所にボウガンを発射。風を切り、金属と頭蓋がぶつかる軽い音が響き着弾。頭部に銀色の杭が刺さった老人は後方にもんどりうって倒れこみ、数回の痙攣ののち絶命する。暗殺者はそれを確認したのち、杭に指を当て液状に変え自分の体内に収納する。残りはただの事務作業。デスクの上のノートパソコンに向かう。必要なデータをUSBメモリに入れた後、パソコンをバスタブに沈め、踵を返して部屋を出ていく。


これが暗殺者、水瀬銀次みなせぎんじの31回目の殺人であった。



●とあるフリーターの日常


 水瀬銀次は祈らない。別に彼が無宗教なことと関係はない。ただ、「祈り」という行動は自らの努力の放棄であり、結果の他人任せだという信念を持っていたためである。彼の現在いまがあるのは、彼の過去がもたらしたものである。その行く末をどこの誰とも知れない、実在するかどうかも怪しい存在に丸投げするということ。それは自らの足跡の完全否定であると考えていた。


 だから仕方がないのだ。どうしようもないのだ。彼が今こんな現状に置かれているのは。運が悪いだの、巡り合わせが悪いだの、理由を取って付けることは容易だが、そうしたところで気休めの一つにもなりやしなかった。ただ彼は選択を間違えた。それだけだ。


■■■


「水瀬さーん。8番テーブル片付けてください。あと3番テーブルのオーダーお願いします」

「わ、わかりました。今やりますね」


 北海道札幌市ススキノに存在する一つの居酒屋。店内ではガヤガヤとした喧騒が響いている。酔っぱらったサラリーマンやつい最近酒の飲み方を知った大学生などでごった返していた。そこであわただしく働いている黒髪、黒瞳の男性。その名を水瀬銀次という。


 彼は基本的に不器用だった。もともと頭脳労働が得意で、ルーチンワークは大の苦手である。彼はほかのバイト仲間からは無能、もしくは役立たずと陰で、いや表でも罵られていた。その暴言に対して銀次が不平を漏らす権利がないことなど百も承知であった。それも無理はない。彼の取り違えた注文はいつだって店のオペレーションを乱し続けていたし、結局上司が出てくる始末になったことすら一度や二度ではなかった。夜も深くなりシフトが終わった銀次は店長に呼び出される。


「あのさあ……水瀬君。そこそこの大学でといて、大学生の指示ないと何もできないの? 君何のために大学院までいってたの?」

「そ、それは……」


店長がポンと銀次の肩をたたき訂正する。


「あ、ごめん。違うわ、中退だったわ(笑)」


 ゲラゲラと下品な笑いをあげる店長。それに呼応するかのようにバイトリーダーが声をあげる。


「店長可哀想ですって、言い過ぎっすよ」


 善意の助け舟、では到底ないことはすぐにわかる。この世で最も醜い笑顔を浮かべているからだ。


「だって事実じゃん。正直迷惑してるんだわ。仕事覚える気ないならやめてくんない?」


 銀次は返す言葉もなかった。何故ならすべて正論であるからである。「頑張った」「努力した」それで褒められるのはせいぜい小学生まで。仕事をするにあたって重要なのは結果である。過程がどうであろうと関係ない。銀次が黙り込み、そのタイミングでシフトが終わった大学生がバックヤードから出てくる。


「就活だりぃわー。お前内定何個?」

「俺まだ2個」

「もっと頑張れや」


「そーいや彼女が地元離れたくないって」

「でもお前東京第一銀行でしょ? 受かったのにそれ蹴るのもったいなくね?」

「でも職より彼女っしょ」

「かっけぇ」


 軽薄そうな大学生たちが、軽薄そうな話題で、軽薄そうに笑いあう。そしてその全員が、銀次よりも幸せそうだった。


 自分よりも一回り年齢の低い大学生の雑談。とりとめのない話だが、銀次にとってはまるで呪詛である。彼の心を削る呪い。それが何の悪意もなくバイト仲間から吐き出される。劣等感。焦燥感。絶望感。それらをミックスした最悪の刃。それが銀次の心に何本も突き刺さる。顔を蒼くしてまともな反論もなく黙り込んでいる銀次に対し、痺れを切らした店長が無慈悲な追撃を開始する。コンコンと銀次の頭を小突く。


「もしもーし! 中身。入ってますかー? もしかして、ウニでも詰まってるんじゃないですかぁ~?」


 爆笑する大学生アルバイトたち。それでもなお沈黙を続けることしか銀次に残された選択肢はなかった。


「だんまりかよ……君、クビね。ほかの若い子雇ったほうが何倍もいいわ」

「店長! それだけは……。もっと頑張りますので」

「いや、いいよ。口だけだ。向上心のかけらもない。一つ善意で教えといてやる。仕事をするうえで一番大切なことはなぁ……『信頼』なんだよ。お前ほかの誰からもそれを得られていないだろ? みんなの反応見てたらわかるよ」

「……」

「もう来なくていいよ。あ、給料はちゃんと振り込んでおくから。恥も外聞もなくもってっていいよ。給料泥棒さん」

「……」


 人生は選択の連続である。どこかの偉い人が言っていた言葉だ。まったくもってその通りである。岐路という文字のごとく未来への道のりは1本道ではない。2つや3つ。或いはそれ以上の多数の道から自分の人生がより豊かになるように悩み、間違い、時には正しい道に行ける。しかし彼は薄々感づいてしまっていたのだ。自分がこれまで選んできた道は致命的に間違えてしまっていたのかもしれないと。制限時間ギリギリで巨大迷路の行き止まりに直面する。もう引き返しても間に合わない。そんなどうしようもない諦念が彼の脳裏を毎晩よぎる。


 失職から一ヶ月。家賃格安のぼろアパート。そのゴミが散乱している一室で彼の外見はすっかり変わっていた。黒染めをする金も惜しみ、彼の地毛である銀髪が生え際から何センチか伸びていた。頬もこけ。紅い目の下には深い隈。何度も何度も職安に通ってはいたが。大学の除籍。保証人の不在。まともな職歴なし。等の理由で次の仕事は見つけられずにいた。


 親に頼ろうにも、あの事件以降ほぼ絶縁状態。とても頼れない。寒い懐のひもを緩めて一週間前に食った牛丼が直近で最高の贅沢である。味噌汁が無料でついてきたことに心から感謝した。だが当然働かなければ物を食うこともできない。ドンドン生活は困窮していく。生活保護も視野に入ったが、なまじ家族が健在なため申請は通らなかった。そんなどん底で自身の存在価値を自問する日々が続いていた。


(重い……。重い……。体が鉛のように重い……)


 銀次の部屋にある数少ない家電の一つのテレビ。そこからは成功者の言葉が滾々こんこんと流れ出てくる。スポーツの才があるもの。将棋の才があるもの、経営の才があるもの。様々だ。そんな中彼の目に止まった一つのニュース。現代医学の革命とさえ言われている。「心臓、循環器の人工模倣」を確立した北海道大学の教授のインタビューである。それを冷めた目で見ながら銀次は呟く。



 誰にというわけでもなく苛立ちを隠しながら、テレビの電源を落とす。彼の中で憎悪が肥大化していく。最初はもやだったものが蟲になり。蟲だったものは化け物になる。頭の中を巣食う化け物は、彼の人間らしさを奪うに十分すぎるほどの大きさに成長していた。


(僕はこの感情を誰に向ければいい? 誰に? 誰に。誰にッ! 誰に誰に誰に誰誰誰誰誰誰誰誰dddddddd)


 数分間の記憶が飛び、気付いた時には便所で嘔吐物をまき散らしていた。胃液が喉を焼き、激しい苦痛が彼を襲う。頭がバグる寸前で正気の世界に戻ってこられたのは果たして幸運だったのか。狂ってしまったほうがましだったのではないか。


「あぁ……貴重な食糧が……」


 彼はまだ消化しきれていない汚物交じりの水を流す。居間に戻って布団にもぐり、ノートパソコンの電源を入れる。こんな状況だというのに、やることはネット掲示板のクソスレ巡り。無為で無稽でそして無意味なネットサーフィン。しかしそれは、これから彼が挑戦する“無謀”な望みに到達する唯一の可能性だった。先に言ってしまおう。彼を変えたのは、月並みな言葉になるが「運が良かった」としか言いようがない。


 始まりは一つのスレッド。深夜だからかろくにレスもついていないそれ。タイトルは……。



「ふっ。下らない。よくもまあ平日の深夜にこんなクソスレ立てるよな。ま、それを見ている僕も大概だけどな」


 自嘲交じりの失笑を漏らし、そのスレにログインする。


1:Deus33 ID:sdvkjbdfg

「読心能力」「液化金属」「重力操作」どれがいい?

2:名無しさん ID:jdfs6dus0

クソスレ立てんなks

3:名無しさん ID:57fddop6d

つまんね

4:名無しさん ID:9Rsobzlu0

以下好きなラーメンスレ

5:名無しさん ID:78oKpojud

豚骨醤油

6:名無しさん ID: 57fddop6d

味噌

7:名無しさん ID:siuu2ku3d

自分は「重力操作」かなぁ


「スレ主のハンドルネームはDeus33……。デウスはラテン語で『神』なんともまあ中学生の考えそうな……。33が何かはわからないが。何かの神話の引用か?」


 手を顎に当ていろいろと考察をする銀次。だがすぐに下らない事を真剣に考えている自分に気づき、またしても失笑がこぼれる。


「まあ減るもんじゃないしな」


 そう独り言ちり、戯れとばかりにそのスレにレスを書き込む銀次。



8:名無しさん ID:psu8dgsjM

「液化金属」だな。僕が欲しいのは



 そう書き残し、銀次はパソコンの電源を落とし就寝する。


 今までにも大事な局面というのは銀次の人生にいくつも存在した。そのどれにも甲乙つけがたいと彼は思っていた。しかし断言しよう。このしょうもない、下らない、輪ゴムで遊んでいたほうがまだ有意義だと思えるほどの、先ほどの書き込み。これが彼の人生最大の岐路であった。いま昏々こんこんと眠りこけている彼に知るすべは皆無であったが。

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