第32話 誰にも言わないでね!?

「さあ、どういうことか詳しく聞かせてもらおうじゃないの」


 就業時間を終えたマニーが部屋に戻ってくるなり、早速尋問が始まった。


 ベッドの縁に腰かける私の前に、逃がさないとばかりにマニーが腕を組んで立ち塞がっている。


「あの、とりあえず座ったら……?」


「私のことはいいの! それよりリヴの話を聞かせてちょうだい!」


「でも私、面白い話なんて別に……」


「さっき後ろにいたのって、旦那様でしょ?」


「う゛っ」


 目ざとい。

 夕暮れの薄闇の中、あの一瞬でグレニスの姿まで判別していたとは。


 なんでもマニーは、風で飛ばされた洗濯物を探してあそこにいたらしい。

 あの時は就業時間内だったので「あとで詳しく聞かせてもらうからね」と念を押され仕事に戻っていったけれど……。


「一体いつの間に二人で出かけるような仲になってたわけ? リヴったら真っ赤な顔してたし、前に言ってた『体臭が好き』って話も旦那様のことなのね?」


 恋愛に関してはことのほか鋭さを発揮するマニーに、どうやら下手な言い訳は通用しそうにない。


「………………あの……、絶対秘密にしてくれる……?」






「なるほどねぇー、早朝鍛練の時に抱擁尋問かぁ。それで匂いが大好きだったのが、最近になって本人ごと好きなことに気付いた、と」


 私の隣でベッドに腰かけたマニーは、後ろ手をついて宙を見上げぶらぶらと足を遊ばせている。


 見られたのがマニーで幸いだったと思うべきなのだろうか。

 これまでのいきさつを洗いざらい吐かされた私は、すでに緊張と疲労でぐったりだ。……さすがに口付けのことまでは言えなかったけれど。


「本当に、ほんっとーに、誰にも言わないでね!?」


「んもー、言わないわよ! これでも口は固いんだからね!」


 言われてみれば確かに、マニーは噂話も恋愛話も大好きだけれど、今まで誰かの秘密を吹聴しているところは見たことがない……ような気がする。

 『秘密』だとさえ言われなければ、今回のことも嬉々として話し回った気がするけれど。


「でもさ、抱擁だって今日のデートだって旦那様の方から言ってこられたんでしょ? それって十分脈ありなんじゃない?」


「んー、どうだろう……。旦那様は女の人と出かけるのも慣れてる様子だったし、すごくモテるみたいだから……」


 マニーの言葉に膨らみかける期待を押し込め、自分に言い聞かせる。

 なんで私を誘ってくれたのかはわからないけれど、勝手な期待を膨らませればいざとなった時に深手を負うのは自分だ。


「今までだって旦那様狙いの人は何人もいたけど、一緒に出かけたなんて話は聞いたこともないわよ?」


「……その人たちって、今はどうしてるの?」


「熱心にアプローチしてた人は、みーんな! 今残ってるのは、単にキャーキャー言って楽しんでるだけの人たちね」


 ———明日は我が身だ、気を付けよう。


「だから、ライバルがいない今がチャンスよ!」


「そんなこと言ったって……」


 使用人の中にはいなくたって、一歩屋敷の外に出れば今日出会ったオリ……ナントカみたいなライバルがごろごろいるだろう。

 そんな中で勝ち上がれるほど経験も技術もない。


「もしライバルが現れたとしても、私は断然リヴを応援するからね! こーんなにいい子なんだもの、旦那様だって絶対リヴを好きになるわ! 何か協力できることがあったらなんでも言ってちょうだい!!」


 ぎゅっと私の両手を握りしめ熱弁してくれる。


 年の近い姉がいたらこんな感じだったのだろうか。悩みを相談して、味方になってくれて。

 実際には兄と姉が一人ずついるけれど、歳が離れていることもあって兄姉というより保護者の感覚に近い。


「うん、ありがとうマニー」


 誰にも言えなかった気持ちを打ち明けられて、迷いなく味方だと言ってもらえて。

 恋心を自覚してからずっとそわそわと置き所のなかった心が、ようやくほっと落ち着けた気がした。









 翌朝、鍛練を終えたグレニスの腕の中。


 マニーには脈ありだ行ける行ける押せ押せと盛大に焚きつけられたけれど、積極的なアプローチは解雇の危険が伴うのでひとまず置いておくことにして。とりあえずは、グレニスの好みを知るところから始めてみようと思う。


「……旦那ふぁま」


「うん?」


「旦那ふぁまの一番好きなものってなんれふか?」


「一番好きなもの? そうだな……いて言えば、この『国』だろうか」


「……」


 そう来たか。

 えっと、この場合どうなんだろう? この国の国民であることはアピールポイントになるのだろうか……??


「えっと……じゃあ『国民』も好きれふか?」


「ああ、もちろん」


 よし!

 うん……、たぶんよしっ!


「リヴの一番好きなものは———」


 えっ、まさかここで聞き返されるとは。

 私が今一番好きなものといえば、間違いなく……


、だったな?」


「っ———ッゲホッゴホ」


 グレニスの言葉にひゅっと息を吸い込んだ拍子、喉が詰まってゲホゲホとむせ込む。

 厚い胸に突っ伏して咳込む私の背中を、大きな手のひらがいたわるようにさすってくれる。


「なっ……、なんれそれを……」


「何をそんなに驚くことがある。以前自分で言っていただろう。俺のことが『何よりも一番好き』だと」


 え、えぇぇ? そんなこと言っただろうか?

 グレニスの言葉が事実だとすれば、過去の自分はとんでもないことを言ってくれたものだ。


「……それとも、今は違うのか? もう一番ではなくなったとでも?」


 グレニスの声のトーンが下がる。

 なんだろう。気温は高いはずなのに、背筋にほのかな寒気が。


「…………いえ、違わないです……。一番好き、です……」


 最大限に顔を俯け、頭頂部をグレニスの胸に押し当てながら小声でもごもごと答える。

 ああ、グレニスの好みを知りたいだけだったのに、なんでこんなことに……。


「そうか」


 聞こえてくれなくても一向に構わなかったのに。

 ちゃんと聞き取れてしまったらしいグレニスは、満足げにそう言ってぎゅっと私を抱きしめた。

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