SIDE04 帰る場所(後編)

 夏休みの間に少しずつ荷物を運び、休み明けからは一緒に住むことになった。絋夢の両親の離婚もその頃になるだろうとの事だ。


 部屋は少しややこしいのだか……おれの寝室を絋夢が、両親の寝室をおれが、唯一使われていなかった和室を両親が使うことになり、一時期バタバタしていた。しかしそれも夏休みが終わる頃にはだいぶ落ち着いた。

「今日から宜しくお願いします」

 最終的な荷物を旅行鞄に詰め込んで訪れた絋夢が、両親に頭を深く下げる。

「そんなに改まらなくて良いのよ」

 母が絋夢の背中に手を添えて、上体を起こさせると元おれの部屋へと案内した。

 途中「バイト代で家賃とか食費代とか足りますか?」と尋ねた絋夢に「自分の子供から金を取る気は無い」と断ったため、「でも……」と口籠もる。

「絋夢君にはちゃんとご両親がいらっしゃるから、私達の事を親だと思って欲しいなんて言わない」

 今日から絋夢の部屋になるドアを開けた後、母は絋夢の頬を両手で包み込んだ。

「でもね……私達は家族なんだよ」

 その言葉に絋夢が泣きそうな顔で頷く。

「俺……瑠美子さんに産んでもらいたかった」

 母は小さく呟いた絋夢の頬を、触れていた指で摘み横に引っ張る。

 にゅっと皮膚を伸ばされた事に驚いた絋夢に微笑んだ。

「私が産んだら、こんな男っぽくて格好良い子にはならないわよ」

 良い例が……とおれを目で示した母に絋夢が笑う。

「そうですね……瑠惟どっちかというと女顔……」

「さっさと片付けろよ!!」

 おれの話題をこれ以上続けさせたくなくて割り込むと、母はやれやれと言うように肩を竦め、絋夢は口元を緩めながら部屋に入っていった。

 二人の態度には納得がいかなかったが、開けっ放しの玄関から父の声を聞いて、慌てて一階に下りる。

「瑠惟……父さんひとりじゃ追い付かない」

 厨房に顔を出したおれに、拗ねるような口調で告げた父を見て、思わず笑いが零れた。

 カウンターに置かれていた飲み物を、父が告げたテーブルに運びながら二階へ続く階段をちらっと見る。

 今日から絋夢が此処で一緒に暮らす!

 紘夢に対して不謹慎だと知りながらも、その事実が堪らなく嬉しい。




 風呂から出ると、いつからそうしていたのか絋夢がリビングのソファに腰掛けていた。

「どうかした?」

 隣に座りながら尋ねると、初めておれに気付いたようで数回瞬きをする。

「絋?」

 いつもと様子が違う瞳を覗き込んでじっと見つめていると、しばらくして「夢みたいだなぁって……」と呟いた。

「夢?」

 絋夢は小さく頷き、天井を見上げる。

「俺ん家さぁ毎日夫婦喧嘩が絶えなかった。だから離婚の事は何とも思ってない。むしろ解放されて嬉しいとさえ思ってる……だけど」

 天井を見つめていた絋夢の視線が今度は床に落とされた。

「独りになるのは恐かった。高校生にもなって情けないけど恐かったんだ……」

 おれが絋夢の肩に頭を預けると、絋夢はそんなおれを驚いたように見つめる。

「独りは誰でも恐いよ」

「瑠惟?」

「おれねぇ初めて目の事言われたの小学生の時なんだ」

 誰にも話したことは無かったし、話すつもりも無かったけど、絋夢になら良いかな……と思った。おれの目の色を暖かいと言ってくれた唯一の人だから。

「目が緑なのに気付いたクラスメイトに、拾われた子だって言われて……おれもずっと気になってた事だったから……やっぱりおれは本当の子じゃないんだって思った。だから……もう此処にはいられない……おれはこの家を出て独りで生きていかなければならないんだって思った。そしたら寂しくて悲しくて辛くて、痛くて……色々な感情が混ざり合って押し潰されそうだった」

 肩に乗せていたおれの頭を、絋夢が体の向きを変えて胸元に引き寄せた。その場所が心地よくて、そのまま甘えてしまう。

「あの時、どんなに本当の親子だよって言われても信じなかったおれに、母さんはおれの目がどうしてこんな色なのかとか、産まれた時どうだったのかって母子手帳見せながら話してくれた」

 絋夢の胸に頬摺りをすると、微かに心音が聞こえる。安定したリズムのその音が妙に心地よい。

「もしかしたら母さんから簡単に聞いてるかもしれないけど……おれの目はね、父方の曽祖父の祖母の血を継いでる可能性があるらしい。結構遠いから隔世遺伝なんだろうね」

 産まれたばかりの頃は今よりも目の色が緑っぽいことがはっきり分かったらしく、当時健在だった祖父が思い出したように話してくれたそうだ。

「それでも不安がったおれに、母さんは何度もおれは独りじゃない……本当の家族だって……大切な自分の子供なんだよって言い続けてた」

 母の言葉を信じられずに、泣き続けたおれに母子手帳を開いてこの時はこうだった、あの時はこんな気持ちだったとメモ書きを見せながら丁寧に伝えてくれた。

「おれ……母さんと話をするまで、本当の家族じゃないんだ、おれは独りなんだって思ってて辛かった」

 絋夢に預けていた顔を上げると、黒い瞳と重なった。

「あの時の気持ち、ずっと忘れてない。独りは恐いよ。絋……だからおれは君を独りにしない」

 告げたおれの背に絋夢の手が添えられる。ぎゅっと縋る体を抱き返すと耳元で「ありがとう」という声を聞いた。

 実際には絋夢の両親の代わりなんて勤まらないだろう。それでも、君が恐いと思う孤独を少しでも和らげることが出来るなら……おれはいつまででも君の傍にいる……。


 君の家族になると誓ったから……。

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