SIDE03 帰る場所(前編)
※過去編(瑠惟18歳、絋夢16歳)―瑠惟視点―
両親とおれ、そして当人である絋夢、全員一致の希望により、おれが大学に合格した後も絋夢は喫茶店のバイトを続ける事になった。
おれ達が名前で呼び合い、本当の兄弟のようにジャレてるのを見た母さんが「このまま私達の息子になる?」と冗談混じりに告げたのを絋夢は苦笑いして聞いていた。
大学生になって初めての夏休みは、たくさんのレポート提出を余技なくされ、実習だ調べものだと折角の長期休暇にも関わらず、平日の店の手伝いは夕方からしか出来ない状態だった。
高校生の絋夢は、午前中に夏期講習があったが、それが終わる午後からは店に入ってくれた。
そんな関係でいつもはおれが出迎えられる方なのだが、唯一土曜と日曜だけは開店前からホールに入っているので、絋夢が来るのを迎えている。
店内を清掃していると入り口の扉に付けてある鈴が鳴り響いた。目を向けると絋夢が立っている。土曜日である今日も講習が有るはずなのだがいつもより早めに顔を出した絋夢に首を傾げながらも「おかえり」と笑いかけると、絋夢も笑い返そうとした。しかしすぐさま顔を歪める。
「絋?」
始めは『
「絋夢?」
驚いて再度呼び掛けると、擦れた声で「助けて……」と呟く。
ぎゅっとおれの服を握り締める絋夢の背を撫でながら、厨房にいる両親に声を掛けた。
「父さん、母さん、ごめんおれと絋夢今日手伝えない」
一方的にそれだけ告げて2階に上がろうとすると母が顔を出した。
「どうし……」
理由を尋ねようとしたらしいが、明らかに様子がおかしい絋夢を確認して、おれの目を見ながら静かに頷いた。
「絋夢、2階へ行こう……な?」
出来るかぎり優しく囁くと、小さな声で「ごめん」と呟く。そんな絋夢の背に掌を添えて、2階へと移動した。
始めはリビングで話をしようかと考えたが、すぐに思いなおし、おれの自室へと案内する。
他に座らせる場所が無かったのでベッドに腰掛けさせると、絋夢は板張りの床を見つめるばかりで口を開かない。おれは隣に腰掛けて絋夢が話してくれるのを静かに待った。途中ドアをノックされたので出てみると、母さんがミントティーを作ってきてくれていた。
「落ち着くと思うから」
おれにだけ聞こえる大きさで囁き、ドアを閉める。
絋夢の元に戻り「良かったら飲んで」とトレイごと隣に置いた。
紘夢はそれをしばらく見つめた後、ゆっくりと手に取って一口含んだ。そして再度じっと床を見つめる。
どれくらい時間が経過しただろうか?
深く息を吐いた絋夢がカップをトレイに戻し、おれを見る。しかしそれはすぐに逸らされた。
「瑠惟……」
消え入るような小さい声だったけど、聞き逃さないようにと耳を澄ました。
「瑠惟……俺んトコ……離婚する」
「えっ?」
驚いて声をあげてしまった俺に、絋夢が今にも泣きだしそうな顔で無理矢理笑ってみせる。
「いつかはそうなるだろうって思ってたし、喧嘩してるの見るのは嫌だったから……それは良いんだ。それに俺ももう子供じゃないから一人ででも暮らしていけるし、そうしようって決めてた。だけど……だけど……俺の前で二人して親権押しつけ合うこと無いじゃないか!?」
……かける言葉が見つからない。
「いらないんなら初めから産まな……」
これ以上悲しいことを口にして欲しくなくてベッドから立ち上がり、正面から抱き締めると絋夢が顔を上げた。
その頬に両手を添え、絋夢の目を見つめる。
「絋……此処に住む?」
告げた瞬間、目が見開かれた。
「そんな……の……」
「此処は嫌?」
問い掛けると首を横に振る。
「嫌じゃない……だけど、そんな迷惑……マスターたちに」
言葉を遮るように絋夢の唇に指をあてた。
「父さんと母さんの事は気にしないで良いよ。絋夢がどうしたいのか、それだけを聞かせて」
突然絋夢の指がおれの手首を掴み、引き寄せた。反動で絋夢の上に重なってベッドに倒れこむ。
すぐに上から退こうとしたが、強い力で抱き込まれた。
「俺……ココに居たい……。居ても良い?」
抱き締められていたので絋夢の顔は確認出来なかったけど……泣いている……そんな声だった。
「絋……言ったよね。おれ達は家族だよ」
そう告げたおれをさらに抱き寄せる。
「瑠惟……ありが……とう」
擦れた声で囁いた絋夢の黒い髪を撫でると、絋夢は猫のように頬を寄せた。
バイト先に住み込みで働くこと、名字の関係上父親の籍に入りたいこと、高校生の間だけ金銭援助をして欲しいこと、この条件で離婚に同意すると告げた絋夢に、「その条件ならば」と絋夢の両親はふたつ返事でOKしたらしい。
おれの両親には絋夢の同居を話していたし、許可も貰っていたのであとは絋夢の家族の返答待ちだったのだが……報告しながら力なく笑った絋夢が痛々しかった。
「絋……」
いつの間にかおれの身長を追い越している絋夢を抱き締めても、どちらかと言えばおれの方が抱き込まれた形になってしまうのだが……それでも絋夢を抱き締めたかった。
背中に腕を回すと、絋夢が額をおれの肩に乗せる。微かに震える体を……ただ抱き締めることしか出来ない自分の不甲斐なさに腹が立った。
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