サイキック・フロム……



「やっぱり向いてないと思うなぁ」


 目深なフードを被る金髪の少女は強風吹きすさぶビルの頂上に腰掛け、ため息をつきながらヘッドギアのバイザーに映るメールボックスの更新ボタンを連打していた。

 しかし、いくら更新しても彼女が求めるメールは受信されず、少女は画面を消して深いため息をつく。


「どうした、悩みでもあるのか? 今ならしゅの代わりに僕が聞こう」


 そんな少女の隣に、スーツを纏う長身の白人がふわりと降り立った。

 天空より現れた男を見た少女は疲れたように首を横に振る。


「天使に懺悔するようなことじゃないって。ただ、ウチって必要とされてるのかなって」


「君の力は間違いなく助けになっているよ。世間の評判よりもね。少なくとも僕はそう思う」


「ありがと。でも正直、ロスはヒーローの数足りてるし。そもそもウチの力はこの街に適してないっていうか……」




 ――AIEEEEEEEEEEEキャァァァァァァァ!!




 その時、少女たちの眼下のダウンタウンから恐怖に満ちた悲鳴が木霊し、街の喧騒が険しさを増す。

 悲鳴を聞いた少女と男は顔を合わせ、共に頷いた。


「ナイーブはここまでだ。いくぞ、【サイキック】」


「わかってるよ、【エンジェローグ】」


 次の瞬間、二人はさも当然のようにビルから飛び降りた。

 空中を落ちるサイキックは念動力で自らの体を浮遊させ、続いてエンジェローグも両足に翼を生やして宙に浮かぶ。


 二人は空を駆け、喧騒の源へと急行した。


 




 * * *






AIEEEEEEEEEEEキャァァァァァァァ!!」


 怖気色に染まった女性の絶叫がダウンタウンの摩天楼に轟き、一人の女性が泣きながら大通りを逃げ惑っている。

 いくらロサンゼルスが喧騒と狂騒に満ちた街とはいえ、その鬼気迫る叫びを聞けば、それが異常事態などということは誰にでも理解出来た。


 そして叫びを聞いて視線を向けた人々は、逃げる女性と同じように顔面を蒼白に変えたことだろう。


GURAAAAAAAAAAAグルアアアアアアア!!』


 なぜならそこにあったのは、十メートルを優に超える屈強な悪魔デーモンが大斧を振り回しながら女性を追いかけるおぞましき光景だったからだ。


 人々は突如として襲来した恐怖の権化に怯え、我先にと悪魔とは逆方向へ走り出す。

 雑踏は雪崩のように大通りを満たし、他者を押しのけながら必死に逃げ惑っている。


 そんな光景に悪魔は地獄の底から湧き立つような低い笑声を響かせる。

 人間の恐怖心こそ、悪魔たちの糧なのだ。


「あぁっ……!」


 やがて人の波に飲まれた一人の少年が足をもつれさせ、その場に倒れ込んでしまう。


 すぐさま立ち上がろうとする少年だったが、ふと彼は自身を覆う巨大な影に気付いた。

 恐る恐る振り返った少年は、そこにあったものを目にして全身を震え上がらせる。


 巨大で醜悪なガマガエルにも似た顔面が、少年を覗き込んでいたからだ。


GURAAAAAAAAAAAグルアアアアアアア!!』


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 少年は涙を流しながら必死に逃げようとする。

 しかし悪魔の鋭利な爪は、もう少年の背後まで迫っていた。


 このまま少年は悪魔に食い殺されてしまうのだろうか?

 人々は凄惨な光景を前にして黙って見ているだけなのだろうか?




 No――。




神聖なる弾丸セイクリッド・バレッド!」


 ――BANGバンッ


GURAAAAAAAグルアアアアッ!?』


 突如、眩い光を放つ弾丸が悪魔の体に打ち込まれ、炸裂する聖なる力に悪魔は悲痛な叫びを上げて大きく仰け反った。


 瞬間、人々の目は期待の光に輝き、視線は悪魔を仰け反らせた者へ注がれる。

 悪魔の前に降り立ったのはスーツ姿の金髪の男と、ヘッドギアをかぶるパーカーの少女だった。


 彼らは人々の希望にして、平和の守護者たち。


 人々は絶対的な脅威に恐れはすれ、決して望みを捨てはしない。

 強大な悪魔を退ける彼らがいることを知っているからだ。


 そうロサンゼルスには、いや合衆国には――。


「ファッキン悪魔どもは、このエンジェローグが裁く!」


 ヒーローたちがいるのだから。






 * * *






「はぁ……」


 光となって消えていく悪魔の死体を見つめながら、アイリスは再びため息をついた。

 そんなアイリスの脳天をエンジェローグが小突く。


「いたっ」


「平和の使者がそんな顔をしない」


「だって、やっぱりウチの力じゃ悪魔を倒せなかったし」


「仕方ないさ。悪魔は聖なる力でしか倒せないのだから」


 ロサンゼルスに現れるヴィランは、多くが悪魔や悪魔に憑かれた魔人たちだ。

 それらを退治するには天使や神に連なる聖なる力が必要となる。


「残念ながら君の超能力は君自身の才能であり、神からの賜りものではない。それでも君がいたからこそ被害を最小限に抑えられた」


「ようは、ウチは瓦礫避けってことね」


「サイキック」


「ごめん。忘れて」


 サイキックのヒーローとしての主な仕事は、他のヒーローと悪魔が戦闘している際に周囲の人々に被害が出ないよう、超能力で立ち回ることだ。

 それは決してサイキックが新人だからというわけではなく、彼女の超能力では悪魔に決定打を与えられないというのが主な理由だった。


 故に人々を守ってはいるものの、ヒーローとして活躍している実感がない。

 それがサイキックのしがらみであり葛藤であった。


 きっと真のヒーローなら、サイキックが理想とするあのヒーローなら、どんなヴィランも圧倒して平和を勝ち取るのだろう。

 そう思うとサイキックはますます気が滅入った。


なら、どんなやつでもイチコロなんだろうなぁ」


「あの人?」


「なんでもない。こっちの話……」


 肩を落としつつ、もはやクセのようにサイキックはバイザーの画面にメールボックスを表示し、受信メールを確認する。

 するとサイキックは先ほど存在しなかったメールを見つけ、反射的に開封した。


 差出人は「合衆国ヒーロー協会」、内容は――。


「マジでっ!?!?」


 文面に目を通した瞬間、サイキックは驚きのあまり飛び上がっていた。


「おお、いきなりどうした?」


「やった! やった! ぃやったぁー!! あごめん、エンジェローグ! ウチ、しばらく留守にするから!」


「また、いきなりだなぁ……どれくらいだい?」


「一ヶ月!」


「いっ!?」


 さすがのエンジェローグも目を丸くした。

 一ヶ月の留守など、もはや長期休養に等しいからだ。


「こうしちゃいられない……早く荷造りしないと! じゃあね!」


 数秒前とは打って変わって意気揚々なサイキックは、すぐさま浮遊して空へ飛び上がった。

 一拍遅れて我に返ったエンジェローグが飛び去ろうとするサイキックを呼び止める。


「おーい! サイキック! せめて行先だけでも教えていけー!」


 引き止められたことにもどかしさを覚えつつも、サイキックは嬉しさを抑えられず、満面の笑みで答えた。


日本ジャパン!」


 その言葉を最後にサイキックは振り返らず、高速で空を駆けていく。

 サイキックは自らのはやる気持ちを抑えられなかった。

 なぜなら日本には、憧れのあの人がいるから。


 飛行しながらサイキックは動画サイトを起動し、お気に入りフォルダから選んだ動画をバイザーに表示。

 そこに映し出された大柄な男性ヒーローのことをサイキックは恍惚な目で見つめ、自然と秘めたる想いが口を突いて出るのだった。




「待っててね……メテオキックさま♡」






サイキック・フロム……  完


第2部へつづく

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となりのヒーローギャル ~元・怪人の俺が最強ヒーローのJKギャルと恋人に!?~ 天野維人 @herbert_a3

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