第31話「ずっとアタシの側にいてよ」


 能力を限界まで解放したオレの拳は黒い閃光を放出し、稲妻に似たエネルギーの奔流を迸らせる。


「オレの力は超重力を根源とする『破壊の黒』! くらえば塵も残さず消し潰すッ! それでもこの拳を受ける覚悟があるかよォ!? メテオキックゥゥゥゥゥッ!」


 これより放つのは、全身を巡るビーストの力を一点に集約して放つ全霊の一撃。

 その威力は全てを飲み込む銀河の黒穴にも匹敵する、破壊エネルギーの塊だ。

 直撃すればメテオキックでも無事では済まない威力。砕華ならそれが理解出来るはずだ。


 これを止めるなら、オレを粉砕しなくてはならない。

 結局、人間は他人の命より自分の命が大事なんだ。それが正しい。


 だから砕華、オレを止めろ。

 この一撃を放つ前にオレを砕け。


 そう心の奥で切に願う。


「――」


 だが、それでも砕華は動こうとしなかった。

 構えも取らず、逃げる素振りもなく、ただ立ち尽くし、そして……目を瞑った。


 瞬間、オレの中で決定的な何かがプツンと切れた。


「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 オレは絶叫を轟かせ、無心で必殺の拳を振り下ろす。


涅天撃滅拳ブラックホール・ディバスターァァァァァァッ!!」






 ――やめろッ!






 気付くと、俺の体は人間の姿に戻っていた。


 放った必殺の拳は砕華の顔の横を掠め、破壊のエネルギーは夜空へ飛んで花火に混じり消えた。

「俺」が直前でクロを内側に押し込めて、わざと攻撃を外したのだ。


 砕華を殺せるわけがない。


 全身全霊の一撃は不発に終わった。

 体から力が抜けていくのを感じる。


「衛士」


 耳元で俺の名を呼ぶ砕華の声が聞こえた。

 そこで俺はようやく砕華に抱擁されていることに気付き、同時に俺の目から涙が零れ落ちた。


「ごめん、砕華……本当にごめん。俺は……俺は……!」


 心は乱れに乱れ、涙は自分の意思では止められず、俺はただ謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。

 俺が砕華にやったことは、謝って済むことではないというのに。


 だがそんな俺を砕華はしっかりと抱きしめ、俺の頭を優しく撫でた。


「衛士。ゆっくりでいいから話して。本当のこと」


 もう砕華の腕を振り払う力は無い。

 触れ合う肌を通して伝わって来る彼女の優しさと温もりに耐えられず、俺は心のままに言葉を紡ぐ。


「俺の体には二つの心が宿ってる。元々人間だった俺は、バリアンビーストに改造されてから精神が分裂して、天下原 衛士の人格を司るシロとバリアンビーストの人格を司るクロが生まれた。それが俺なんだ」


「ってことは今の衛士は、シロってこと?」


 俺は砕華の言葉にゆっくりと頷く。

 天下原 衛士という人間を形作っているのは、間違いなくシロの人格だ。


「俺は……戦うのが嫌いだった。バリアンビーストとしての能力はあるのに、戦いの時はいつもクロに任せて、俺は心の奥に隠れていた。誰かを苦しめるのも、傷付けるのも、全部嫌だった。シロの俺はずっと人間のままだったから」


 バリアンビーストとしての俺は、間違いなく役立たずだった。

 そんな俺はスペクター・バリアントに貶され、苦しめられ、生じた負の感情がクロを生むきっかけとなった。


「シロの俺はスペクターから役立たずと揶揄され続けた。でもクロのオレはスペクターに能力を認められて……シロの俺はどこにも居場所がなかった」


 クロだけはいつも俺の味方で、俺を守ってくれていた。

 だからこそ余計に自分には価値がないように思えてしまった。

 自分の心を守るために、クロが生まれたというのに。


「俺は人間として生きたかった。普通の高校生としての生活に憧憬を抱いた。青春に憧れた。だから俺は、バリアントから逃げ出した……逃げたつもりでいた!」


 俺は力を振り絞って砕華の肩を掴み、彼女の顔を真正面に見据える。

 砕華の眼差しは俺を案じてか、ほのかに揺れている。


 俺は歯を食いしばってから、吐き出すように続けた。


「最初からスペクターの思惑通りだったんだ! 俺は自力で逃げ出したつもりで、ただ記憶を封印されていただけだった! 確実に『裏切り』の任務を遂行させるために! 俺に人間の人格を残したのも、砕華の心を揺さぶるため……全部、全部偽物だったんだよッ!」


 情けないほどの嗚咽が俺の喉奥から吐き出されていく。

 罪悪感が俺を苛み、謝罪の言葉がとめどなく溢れ出る。


 嘘をついていたこと。

 砕華を傷付けたこと。

 全部ひっくるめて、俺を断罪してほしい。

 そうすることでしか俺は許されないのだから。


「ねえ衛士、記憶が戻ったのはいつ?」


 だがそんな俺の想いに反して、砕華は俺を怒ることも、糾弾することもしなかった。


「プールデートの日だ。帰り道にスペクターと会って、その時に……」


「なら偽物じゃないよ」


「え?」


「衛士の気持ちも、アタシや久我クン達と過ごした時間も、全部本物だよ。だってその時の衛士は、普通の人間だったんだから」


 砕華が向けて来る微笑みに、俺は困惑するばかりだった。

 俺は砕華の言葉の意味がすぐに理解出来なかった。


「ううん、今だって同じ。衛士は自分のためじゃなくて、アタシを傷つけたから泣いてる。やっぱり自分より他人のこと考えてる。なにも変わってないよ」


「ちがっ……違うんだ! 俺はただ人間らしく生きたいから、誰かの手助けをしてただけなんだ! バリアンビーストだったことを忘れたくて、だから……!」


「ならアタシと一緒じゃん。アタシだって、自分勝手な理由でヒーローやってた。っていうか、みんなそんなもんじゃない? 誰だって自分勝手で、自分のやりたいことやって、時々誰かの為になることをする。そういうのが人間なんじゃない?」


「っ……!」


「まあ、ゆーてアタシもフツーの人間じゃないけど、だからこそ衛士のこと分かってあげられるっていうかさ。アタシの秘密みたいに、周りには黙っていれば大丈夫だよ! 仮に衛士が暴走して、ビーストとして人を襲わなきゃいけなくなったら、その時にアタシが衛士を止めればいいわけだしさ!」


 太陽の様に輝く砕華の笑顔が、俺を照らしていた。

 俺の心の影さえ消し去ってしまうほどに。


「だから、ずっとアタシの側にいてよ……衛士」


 砕華の眼差しは力強かった。

 決して逃げない、逸らさない。そういった確固たる意志が宿っていた。

 

 砕華と一緒なら、何でも出来る気がしてしまう。

 甘い夢を見てしまう。


 だが叶わない夢もある。

 俺は砕華と一緒にはいられない。


「いや、ダメだ。俺は砕華の側にはいられない」


「どうして!? もう衛士の任務は失敗したようなもんじゃん! パパの……アイツの言うことなんて聞く必要ない! それとも、アタシの側にいたくないってこと……?」


「違う。違うんだ」


「じゃあなんで!?」


 砕華は俺に詰め寄り、襟元をぎゅっと掴む。

 震える手から心の揺らぎが伝わって来る。


 俺は耐えられなくなった。

 これ以上、俺達が抱える真実を胸に秘めておくことを。


「俺は、もうすぐ消滅するんだ」


「は……?」


 俺の言葉に、砕華は大きく目を見開く。

 当然だが、訳が分からないといった様子だ。

 対照的に俺の心はとても落ち着いている。

 己の運命を受け入れているからだ。


「俺の体には、バリアンビーストの力を利用して対消滅を引き起こす爆弾が仕込まれているんだ」


「爆弾!? どうして、そんなのが……!?」


「俺の任務は、裏切った俺を砕華が殺すことで完遂するからだ。もしも俺が心変わりしてバリアントを裏切ったとしても、爆弾で俺を始末出来る。そして、タイムリミットは今夜だ」


「なにそれ! ふざけんなし! アタマおかしいよ! まさか、それもアイツの指示!?」


 沈黙で肯定すると、砕華の顔が鬼の如き形相に変わる。

 しかしいくら怒ったところで、爆弾が止まることはない。


「爆弾を止める方法は二つ。一つは爆弾を摘出して解除すること。そしてもう一つは、爆弾ごと俺の体を粉砕することだ」


「そ、それならっ! アタシの力で爆弾だけ砕けば――」


「爆弾は俺の心臓と一体化している。爆弾と一緒に、俺の心臓も砕け散る」


「そんなっ!?」


「俺の死は避けられない。だから俺は、砕華に倒されて死のうと思った。どうせ死ぬなら、君に断罪されて死にたかったから。自分勝手でごめん」


「そんなのどうでもいいよ! なにかっ、なにか衛士が助かる方法はないの!?」


「……ごめん」


「うそっ……やだっ……えいじぃ、ひぐっ……いなくなっちゃ、やだよぉ……」


 砕華は俺の胸に顔を埋め、子供の様に泣きじゃくる。

 今度は俺が砕華の頭を優しく撫でる。


 ごめん砕華。






 俺は、嘘をついた。

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